――吉越さん自身のお話に移りますが、海外での経験からそうした考えを持つようになって、それで、日本に戻ってきた際に行動にうつしたのですね。日本に戻られた当時はマーケティング部長をしていたとのことですが?
1986年に帰ってきたときには、マーケティング本部長でした。それも6か月間で、すぐに副社長になった。そうして、いろいろな部門を担当しました。管理部門以外はだいたい担当しました。

――そうした中で、生産性向上をはかるための様々な取り組みをされたとのことですが、これはどうして始めたのでしょうか?
たとえば、「がんばるタイム」なんかは、私が作ったわけじゃなくて、他社さんがはじめたものなのですね。2時間の間は、黙って仕事をしようというものです。それをやらなければいけないと思ったのは、日本に帰ってきてからですね。そういったものを導入しないと、日本では事務所での仕事の仕方がうまくいかないってのを感じたから導入しました。

――ほかには、どのような取り組みを導入したのでしょうか?
デッドラインをつくりました。なににおいても日にちで区切っていくことは非常に重要です。日本の会社はそこら辺が非常にルーズでして、単純に「これ誰誰さんやっといてね」と、それで終わってしまう。いつまでにやっておいてくれということを明確にしません。一方で、日本の工場はものすごく効率がよく、これはアメリカと比べても遜色がないレベルで、世界でも1、2番目だといわれています。そこまできている理由と言うのは、流れ作業があったとして、その途中で流れが滞ってしまっている場合に、その遅れがどこで起きているのか明確になるのですが、それに当たるのがデッドラインです。

――どのようにデッドラインを活用するのでしょうか?
たとえば、流れ作業の中にいる全員が、それぞれの仕事で10つくるというラインを決めておく。すると、そうした中に与えられている仕事の6しかできない人物がいると、1時間あたり4つの半製品が積み重なっていくわけです。それで、Mさんのところで仕事が停滞しているということが明確にわかります。
問題個所が分かったら、あとはその人物のところに入りこんで作業効率を見直していき、全員が10できるようにします。そのうえで、今度は全員が11、12できるようにと、こうして工場の生産性をあげていく。こうしていけば、会社全体で効率があがるのです。
――残業を取りやめることで、仕事が残ってしまうということもあるのでは?
デッドラインを明確にせず、ただ「残業をなくそう」と言うだけなら、仕事が山積みになったままで帰ってしまう。でも、デッドラインがあり、これだけ仕事があるということを明確にすると、「今日中に終えなければいけないから」「絶対に終えなくちゃいけない」という気持ちを持つようになります。さらには、“6時半には電気が消えてしまう”と決めておけば、なおさらです。

――デッドラインの存在によって、仕事への姿勢が変わるということですか?
自律的に自分でその仕事を終えようとする努力をしはじめるのです。やはり、人間そうして追い込まれると、力が出るものです。原稿を書く人などもよく言いますが、一か月あるからこの主題で書けというと、なにか間の抜けた文章が出来上がってくる。でも、明日までにやらなくちゃいけないすごい仕事だといってワーッとやると、意外とそっちのほうがよく仕上がる。人間の力というものはそんなものです。
それで、売り上げのストレッチと同じように、少しずつ仕事の量を増やしていく。デッドラインも余計につけない。そうすると、どんどんスピードがあがって、はやく仕事を解決していくようになっていきます。

――仕組みをつくり、あとは自分の力で解決してもらうということですね。
自分で、どうやって半分の時間でできるようになるかを考えていかなければならない。考えることを強制し、自分が自分を追い込むという状況をつくる。この自律ということが一番重要、これが一番役に立ちます。締め切り前の馬鹿力を出させるためにはどうしたらよいか、というわけです。

――デッドラインのほかに、なにかすることはありますか?
環境もつくっていかなければいけません。たとえば、朝、普段より1時間早く会社へ行って、静かな中で仕事をした場合に、普段より仕事がはかどったって経験は、誰にでもあるはずです。会社というのは本来、ああいうふうに仕事をするのが当たり前なんです。静かな中で、8時間集中して仕事をするのが普通なんです。ただ、会社がはじまってしまうと、うるさくて仕事にならないのが現実です。
そこらへんが海外の会社と違う。私は、香港で3年ずつ2回、計6年、外国系の企業で働いたことがあります。そこでは、私みたいなぺーぺーの社員でも、みんな個室がもらえる。少なくとも、個室に似た環境がもらえます。

――そうした個室環境では、逆に不便もあるのではないでしょうか?
そうしたなかで私の一番の心配は、個室に入って仕事ができるのかな、ということでした。どうしてそんな心配をしなくてはいけないのか、というと、日本は職務分掌すらも明確ではないからです。ほかの人に聞かなくてはできないことが山ほどある。あるいは、隣と調整しなければならないことが山ほどある。この曖昧さが、もともとの問題なのです。

――もともとの問題というと?
全員鍵を閉めて中に入ったとすると、自分の仕事が明確になってきます。自分の受け持つ分野が明確になるので、それに対してなにか聞かれたなら、自信をもって「イエス、ノー」と答えていかなければいけない。日本の会社では、いまは「イエス、ノー」で答える人はほとんどいない。それは、ほかとの絡みがいろいろあるからです。「私がいまこういうふうに発言すると、向こうに迷惑がかかってしまうから」と考えて発言しない。それがまたおかしいのです。


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