著者インタビュー
多くの人はよりよい仕事をするために知識やスキルを高め、切磋琢磨しているでしょう。ただ、心の豊かさはどうでしょうか。会社の上司や同僚、身近な人に感謝をする、先輩やお客さまを敬う謙虚さ、自分や他人を受容する気持ち。このような心は、私たちが日々働き、充実した毎日を送るために最も必要なことではないでしょうか? 新コース「人として大切なこと」では、私たちが豊かに働き・生きるための心について、マザー・テレサの言葉、行動を通して考えていきます。生涯貧しい人たちを救うための活動を行い、慈愛に満ちた言葉を残しているマザー・テレサは、いまなお世界中で多くの人々の心を癒し続けています。
今回、マザーテレサのもとでボランティア活動を行い、彼女の行動・言葉に間近に触れた経験をお持ちの片柳弘史さんにお話を伺いました。。
著者インタビュー 
片柳弘史さん
からの言葉は相手に響く
――片柳さんがインドで活動されていたなかで、一番心に残っているエピソードを教えてください。
日本からはるばるインドを訪ね、初めてマザー・テレサと出会ったとき、彼女は満面の笑みを浮かべ、大きなあたたかい手で私の手をしっかりと握りながら「日本からきたの。よく来たわね」と言ってくれました。その一言がすべての出発点でした。
私は大学時代、法学部に在籍し、多くの人の役に立つ弁護士になりたいと思って勉強していたのですが、大学三年生の時に父が他界したことから、ふと人生に疑問が生じました。六法全書を抱え、来る日も来る日も勉強を続けて、このまま幸せな人生を送れるのか。立身出世をして、人から褒められて、それで自分は幸せなのか。そんな思いを抱いていた時にキリスト教の本と出合い、それをきっかけに洗礼を受けました。しかし、それだけでは飽き足らず、もっとキリスト教を知りたいと思って、カルカッタのマザー・テレサの家におしかけたのです。
「マザー・テレサにお会いしたい」。私は玄関先でいきなりそう告げました。常識的に考えれば、断わられてもしかたのない状況です。でも「ちょっと待ってください」と言われ、5分ほどで一人のシスターが出てきました。それがマザー・テレサだったのです。
マザーは、まるで久しぶりに会った祖母のように、満面の笑顔で迎えてくれました。マザーと出会った人は皆言うのですが「私こそ、マザーから世界中で一番愛されている」と(笑)。マザーの笑顔を見ると、ついそう思ってしまうのです。そのくらい一人一人との出会いを本当に大切にした人でした。
「よく来たわね。」一見、何の変哲もない言葉ですよね。バックパッカーのような姿で、いきなり約束もなしに来た私に向かってかけてくれたそのあたたかい歓迎の言葉がきっかけで、1年間、マザー・テレサのもとで貧しい人たちを助けるお手伝いをすることになりました。このときの彼女の言葉が、私には心の奥底からの言葉だと感じられたんです。その時、「本当の気持ちから生まれた言葉」は必ず人の心に響くのだと思いました。

自分 を謙虚に受け入れることが大切
――では、マザー・テレサの言葉・行動で、最も印象に残っていることとはどのようなことですか?
1年間インドで活動を行っていたとき、よくマザーが口にする言葉がありました。
「自分のありのままを受け入れなさい。そうすれば、どんな褒め言葉もあなたを傲慢にはしないし、どんな悪口もあなたを傷つけることができません。」
人は、自分に大きな期待を持っています。それは素晴らしいことです。しかし、心のなかに自分への大きな期待を抱いていると、「自分はもっとできる人間なのに。昇進できないのは、上司のせいだ」「自分はもっと成功するはずだったのに。もうだめだ」などという思いが生まれてくることがあります。いつの間にか、現実とはかけはなれた理想の姿を、自分の本当の姿だと思い込んでしまうのです。そしてその通りにならないと、そのことを誰かのせいにしたり、その通りになれない自分自身を責めたりするようになるのです。
自分を謙虚に受け入れること。自分がどの程度の人間かを正確に把握し、受け入れていれば、どんなに御世辞を言われてもそれで思い上ることはないでしょう。逆に悪口を言われても傷つくことはない。褒められようが、けなされようが、自分というのは世界にただ一人のかけがえのない存在です。ありのままの自分と向き合い、かけがえのない自分の価値を認めていくことの大切さをマザー・テレサは伝えたかったのだと思います。

自分 の選んだ目標に向かって、言葉も行いも合わせていくる
――現代を生きる私たちに大切なものとはどのようなことだと思われますか?
マザー・テレサが人間として素晴らしいところは、言っていることとやっていることが完全に一致していたところです。通常のボランティアであれば、8時間の活動時間が過ぎれば美味しいものを食べ、柔らかいベッドで眠ることができます。しかし、彼女はそれ以外の16時間も貧しい人たちと共にあるように、あえて私生活でも貧しさを選びました。 どんなに有名になっても私利私欲は一切ありませんでした。服は亡くなるまでたった3枚のサリーを持っていただけでした。そして貧しい人たちと同じ食事をし、堅いベッドで身体を休めていました。
言行一致とは、自分の選んだ目的に向けて、言葉も行動も、自分の生活すべてを整えていくということだと思います。本当に難しいことですが、それがない限り私たちの心は自己矛盾によって乱れ、本当に幸せになることができません。周りの人も、私たちの矛盾に気づいてがっかりするでしょう。言行一致こそ、人間がしあわせに生きていくための唯一の道。そんなことも、マザー・テレサに教えて頂いたことのひとつでした。
私は、彼女と過ごし、その人となりを見て、自分なりの生き方を探し当てることができました。彼女の言葉からひとつでも多くの気づきが生まれ、会社の同僚や家族、ご両親を気遣い、愛して生きる暮らしのきっかけにしていただけたらと思います。


【編集者から】
「キリスト教であれ仏教であれ、たとえ無宗教であれ、基本的に人が生きていくうえで大切にしている心の部分は変わらないと思います。」まさに日々忙しく働いている現役のビジネスパーソンの方にこそ、こうした心の持ち方や気持ちの整え方を学んでもらいたいと語る片柳さん。
昨今、さまざまな社会状況、環境変化によって、わたしたちの価値観は見直さざるを得ないという段階にあるといえます。
そんな現代だからこそ、心の原点みつめていってほしいと思っています。当たり前で気づかない気持ちや心、日々の行動のなかにこそ、わたしたちが豊かに生きるヒントが隠されているのではないでしょうか?
著者プロフィール
片柳 弘史 (かたやなぎ ひろし)
1971年生まれ。慶応大学法学部卒業。1994年にカルカッタに行き、マザーテレサのもとで1年間ボランティアとして働く。1998年、イエズス会入会、その後、上智大学大学院で修士号を取得。現在、カトリック六甲教会助任司祭。ラジオ番組やブログ、講演会や写真展などを通して、自身が大きな影響を受けたマザーテレサの想い・メッセージを一般に伝える活動を積極的に行っている。
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