中国で出版することになり、急遽、上海に打ち合わせに行くことになった。折角なので、現地の企業の方とも意見交換をすることにした。また可能な限り、街に出て様子をつかんでみることにした。最初に驚いたのはほとんど英語が通じないことである。空港は片言程度、タクシーは中国語のみ、ホテルのチェックインでさえ、英語は非常に危うい。結局、通訳で来てもらった岸畑さんのお世話になり放しだった。

到着して2日目は書店に向かったが、ここでわかったのは、すでに専門書のレベルは日本を凌駕していることだ。私の専門は人事管理だが、出版されている専門書はすでに日本で実務家が手にしているものよりもはるかに程度の高いものだったのだ。あえて言えば、日本の翻訳事情はかなり偏っていて、米国でもキワモノのようなものがすばやく翻訳されたり、あまり品揃え感がよくない。とりわけ、実務的なものや教科書的なものがなかなか紹介されない。これに対して、中国では流行りだけではなく、教科書的なものがきちんと翻訳されているし、さらにそれを踏まえて書かれた現地の教科書もしっかりした内容になっている。おそらく人事管理の領域に関して言えば、日本よりもはるかに中国での翻訳が充実しているのである。
この点につき、中国での出版も手がけている方にお話を聞くと、94年以前は中国の関係者も日本の出版物に関心を持ったものの、それ以降は関心が持たれていないようだというのである。さらに現地で聞いた話では、日本の本を翻訳・出版してもあまり売れないかもしれないという声もあった。つまり、いまや、中国は日本など多くの点で参考にはしていないほど進化しているのである。出版のことはこのくらいにしておこう。

その後、私は街にも出た。なんとマクドナルドあり、ケンタッキーありで、日本とほとんど変わらないのである。それどころか、日本で言えば青山のようなところもあり、その規模も豪華さも日本をはるかに凌駕している。つまり、上海は東京よりもはるかに都会だったのだ。

ただ、遅れているといえば、下水道整備が遅れていることや、随所に昔のままになっている風景を残している。1泊日本円で5万円もするようなホテルのすぐ近くに数百円で泊まれる招待所(簡易ホテル)があったりする。美麗なショップの近隣にある路地裏の入り口には、CDやDVDが10元(約150円)で売られていたりする。このような不均衡が随所に見られるのである。

はっきり言って、今の上海を見ると、資本主義の極地のような気がして仕方がなく、この国はすでに日本を越えているという感慨を持ったくらいである。それ以上に、私が驚いたのは、この国の人々のたくましさである。

例えば、マクドナルドに行っても、誰一人並ばない。肩で押しながら平気で割り込んでくる。こちらも押し返さないと、いつまでも買えないのだ。しかし、店員は見て見ぬ振りをする。街で飲み物を買ってもお釣りはくれない。日本人だと思えば平気で知らないふりを決め込む。お茶を飲みに誘っておいて、最後は割り勘だと思いきや、全部おごってくれと平気で言う。クラブに行けば、チップが安いと言ってけんか腰になり、店の外まで追いかけてくる。さすがに米国でもここまではしないだろう。

要するに、徹底的に厚かましく、横柄で身勝手なのだ。しばしば東京の人が大阪の人に持つイメージがそれに当たるが、大阪出身の私でさえ驚くほどだ。上海の中国人は大阪の人間の10倍は厚かましく身勝手だ。

ホテルに滞在して4日ほど経った頃、部屋にメイドがやってきて、中国でしゃべっている。どうもチップをくれ、ということらしい。私は日本語で「チップなどない、そんなサービスは受けていない」と怒鳴り返した。そのくらいが普通なのである。

またホテルでの朝食を避け、私とアシスタントの中川さん、通訳の岸畑さんと三人で近くのファーストフード店で朝食を食べた。毎日のことだが、現地の人は親しげに話しかけてくる。何も国際交流を図ろうとしているのではない。それは保険の外交員であったり、ただのサラリーマンなのだ。片言の英語や日本語、筆談で積極的にコミュニケーションを取り、何とか金儲けの機会を探っている。片言の日本語を話す中年の男性は、私に仕事が終わったら、女性と遊べるところに案内してあげるよ、などと誘ってくるのだ。彼は、どうも日中は何かの仕事をしているようすだった。

日本では、リストラにおびえ、いつ会社をクビになるか、多くのサラリーマンはびくびくしているかもしれない。ボーナスが出ない会社、昇給のない会社、どうなってもおかしくない会社が少なくない。しかし、自分の生活を防衛するために、副業をするなり、少しでも金儲けをする努力をしようとしただろうか。金儲けのチャンスなどいくらでも転がっている。そして、金儲けは元来いかがわしく、はしたないことかもしれない。しかし、お行儀よすぎて金のない暮らしができるように人間はできていない。

思うに、チップ制を日本でも取り入れてはどうか、と思うし、チップなどは自然発生的に生まれてくることなので、制度がなくても積極的にもらえばいいのではないかと思う。企業は、副業・兼業を禁じて社員の収入の源泉を断ちながらリストラするのではなく、どこでも生きているセンスと能力を身に着けて放り出すべきではないかと思う。またそのくらいの生活力のある人が集まれば会社も何とかなるように思われる。


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