優秀な人材
数年前、コンピテンシーがブームになり、いわゆるハイパフォーマーが話題になった。コンスタントに高業績を上げる人のことで、そこにその人なりのノウハウや行動上の特性があると考えられた。それを具体的に記述したのがコンピテンシーモデルということで、コンサルティング・プロジェクトが盛んになった。
私の知る外資系企業の場合、コンサルティング会社との契約は見合わせたが、人事部門と人材開発部門が事務局になり、品川にある高級ホテルを会場にして、全国の成績優秀者を集め、徹底的にインタビューしたという。ホテル代と交通費だけで5千万ほどの予算を取ったし、期間も3ヶ月以上かけたと元担当者は語っていた。私が当時、ネット上にコンピテンシーモデルの雛形を公開していたのだが、それを無断で借用させてもらったと後になって連絡が来た。ただ、そこまでの時間と労力、そして予算をとっても、私の作ったモデルとそんなに変わらないものがその会社のコンピテンシーモデルになっていた。
一般に外資系の人事コンサルティング会社にコンピテンシーモデルを依頼すると、最低でも5000万かかり、平均的には1億円以上かかるという。外資系の人事コンサルティング会社のマネジャーをしていて、忙しくて勉強する暇がないという理由で退職された人が知人にいる。在職中は錚々たる大企業のコンピテンシーモデルを昼夜分かたず作ったそうだが、退職後、私のサイトを読まれる機会があり、コンサルタントは辞めたが、じっくりと一から勉強してみたいと連絡が来たことがある。私は、既にコンピテンシーブームは終わっており、そんなことをしても無駄だとした上で、何冊かの英語の本を参考文献に勧めた。つまり、在職中は忙しくて我流でやっていて、コンピテンシーについて勉強していない人がコンピテンシーのコンサルティングをしていたことになる。
そのほかにも笑えない話がある。私は関西でも仕事をしているし、私の主要クライアントは関西の大手企業なのだが、消費者金融の大手で人事課長をされていて、独立し、現在は人事情報システムのソリューション会社をやっている人がいる。退職されたのはもう8年ほど前のことで、当初はコンピテンシーとかハイパフォーマーという話もものめずらしく、その方が言うには大手の人事コンサルティング会社に1億円近く払って作ったものなので、似たようなものをせめて3000万くらいで売れないものか、ついては手伝ってくれないかという話だった。その話を聞いて私は答えた。3000万ものコンサルティング料を気前よく払う関西系企業はないですよ、ましてや立ち上げて間もない会社に対して、私が銀行系のシンクタンクにいた時でも、その代金はよくて1000万だったんですよ、ほとんどの場合、300万とか500万ですよ、と。また私は興味があったので、そもそもハイパフォーマーって何ですか、そんな人がいるんですか、具体的にインタビューを受けた人はその後、どうなったんですか、ハイパフォーマーなら管理職になってその後も活躍しているんではないですか、と。それに対する答えは皮肉なものだった。実は自分もハイパフォーマーとしてインタビューをされたが、それまで消費者金融として白眼視され、親戚にもあまりよいイメージがなかったが、インタビューに当たるコンサルタントにヨイショされているうちに気分が昂揚してきて、自分はどこに行っても活躍できるような気分になったというのである。つまり、独立に至るきっかけがこのインタビューだったということになる。そのほかのハイパフォーマーは、強引な回収などで問題を起こし、責任を取って辞めざるを得なくなったり、件の人事課長と同じように独立したり、転職してしまったそうだ。ハイパフォーマーがいなくなったり、いても業績のために悪さをするようなインタビューならしないほうがよかったように思う。
私はコンピテンシーの識者としてネット上では有名だが、学会ではコンピテンシーに批判的な人として月例会や部会などに呼ばれることがある。私がコンピテンシーを批判するのはいくつか理由がある。コンピテンシーを導入している企業も多いと思うので、改めて確認しておきたい。
先ず、コンピテンシーのブームは米国では起こっていないし、日本だけでの現象だということである。コンピテンシーで有名な某コンサル会社の売上は大半が日本もしくは日系企業のアジアだということで、欧米ではそんなでもないという話を北米でも聞いた。現在、他の人事系コンサルティング会社も、ASEANプロジェクトとかいって、中国やタイ、インドで現地経営に当たる人に、コンピテンシーを売ろうとしている。コンピテンシーだけで人事評価が完結するわけではない。しかし、その対価は莫大なものである。
次に、ハイパフォーマーになるパターンは個人によって異なり、誰もが真似られるモデルはあまりに普遍的過ぎて、効果がないということである。その人に即した能力開発モデルはその人の強みや弱みを十分に捉えて、先ずは克服しやすい弱みを1つか2つ、修正していくしかない。アセスメント・センターを使うと、その評価観点は15-18あるが、その場合、問題分析力と計画組織力を強化するとか、そんな風に1つかせいぜい2つで取り組んでいくしかない。
また、コンピテンシーは導入している企業を見ても、その評価ウェイトは3割か4割である。残りはまだ目標管理を活用した業績評価になっている。コンピテンシーを入れると、プロセスを評価できるという指摘もある。しかし、米国ではそういう行動評価をコンピテンシー評価とは言わない。単に行動評価(Job Performance evaluation)といっている。コンピテンシーを入れたら「米国型」であり、自動的に市場原理が働くとか、勘違いしていないか。社会科学の基礎知識がなく、そういう安易な発想だと、コンサルタントに騙されるのである。
また、自社のコンピテンシーモデルを機会あれば、他社のものと比較してみると、どこも同じような項目と行動文例が載っており、自社にカズタマイズされていないことが発見できるはずだ。そんなものを第一線のマネジャーに配布しても、評価しやすくなるわけがない。コンピテンシーで人事評価がしやすくなると指摘している人もいるが、こなれない日本語で、ひどい場合は誤字脱字だらけである。受注に追われてコンサルタント会社は急がしく、右も左もわからない若手(大卒数年の未経験者)が夜なべして納期に間に合わせているのが現状なのである。
最後に、宣伝するわけでもなく、いいコンサルタントかどうかを見極めるポイントを述べておきたい。やはり人事労務のコンサルティングも専門性が高くなってきているので、次のような要件は必須になってきている。@修士以上の学歴、A英文での資料の読解力、Bコンサルタントとしての経験年数(5年とか10年以上)、C今後もコンサルタントとして活躍できるかどうかの将来性、こんなところだろう。日本でコンピテンシーバブルに乗り、暗躍したコンサルタントは有名大出身だが、修士以上の学歴の人がわずかである。また彼らは英語の文献(HRMの基本書)を全くと言っていいほど読んでいない。だから、逆に歯切れもよい。活躍当時の経験年数はほとんどが5年以内だったし、プロジェクト自体も数本のコンサルタントも多かっただろう。それに、その当時の有名コンサルタントは既に元のファームにはおらず、一般企業に移ったり、独立してよろず屋になっている。今も引き続き活躍している人はごくわずかではないだろうか。そのくらいコンサルタントを続けていくことは難しい。長くやっていくには顧客との信頼関係を大事にし、毎回のプロジェクトで満足してもらわないと、次の仕事が取れない。ゆえに、リタイアしていくことになる。
独立系のコンサルタント会社の仕事を手伝ったこともあるが、誰一人英語が読めないのに、英語の本をうずたかく積み上げていたのを見たこともある。しかし、その会社は営業がうまく、超大手から結構大きな仕事を請けていた。最終納品物はどこもほとんど同じだった。和製のぼったくりと言えるかもしれない。
私自身、HRMのコンサルティングを専門的に行なうために、英語の文献を読むし、海外サイトにアクセスして新しい情報を得ている。また北米のサイトに寄稿もしている。人事部門の担当者も忙しいのはわかるが、せめてそういうことを少しでもやれば、適切なコンサルタント選びができると思うし、ハッタリをかまされて騙されることもないだろう。


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