急増する非正規社員
この10年で職場に膨大に増えたといえば、非正規社員である。アルバイト、パート、派遣社員、業務請負(みなし派遣)などであるが、最近では個人請負というのも出てきた。その背景には労働者派遣事業法の規制緩和がある。労働基準法では、派遣というものを原則的に禁じている(労基法2条,同6条)。つまり、雇用者と被用者が直接に関係を持ち、労働の対価として賃金が支払われる関係が原則であり、その例外を認めていない。これに対して、派遣法が特例法であり、今では派遣できないものはないように考えられてしまっている。

参考 労働基準法
(労働条件の決定)
第二条  労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである。
(中間搾取の排除)
第六条  何人も、法律に基いて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない。

派遣には功罪がある。雇う側からすると、@採用のための宣伝広告費や採用事務が省ける、A必要な人員をそろえてもらうことができ、余剰人員を抱えなくてよい、Bいつでも雇用調整ができ、その手続きも簡単、C支払い賃金の単価は市況などによって交渉することができる、などのメリットである。反面、これは、雇われる側のデメリットでもある。直接に雇用関係のない職場(事業所)では、労働条件に関して自由に意見を述べることはできないし、日々、派遣先に出向いているので、派遣元(雇用者)に行って、改善してほしいことがあるという相談はしにくいだろう。また日々、仕事があったりなかったりするし、突然労働時間が削減されるということも起こってくる。来週から来なくていいよって携帯にメールか電話が入れば、それでおしまいでもある。このような関係を労働基準法は本来、望ましくないと考えているが、現行法はそれを認めているばかりか、年々、規制緩和で、非正規部分が増大化している。
最近では労働規制緩和が問題になってきている。とりわけ、最近問題になったのは、偽装派遣である。これは、実態が派遣であるのに、業務請負の形態で「派遣」を行なうものである。この用語についてウィキペディア は次のように説明している。
偽装請負とは、業務請負や業務委託の契約形式を採る。または該当者が個人事業主としての契約主体となっている場合であっても、実態が人材派遣に該当するものを指す。 業務委託によるものは偽装委託と表現する場合がある。違法であるものの、製造業ならびにIT業界で幅広く行われていた。2006年7月末以降、断続的に朝日新聞が実態を特集報道したことなどによって問題が顕在化し、労使双方が対策に乗り出すこととなった。

派遣ではなく、業務請負の形態に固執する理由は、派遣にすると、勤続年数3年を超えると、社員の関係(直接の雇用関係)にすることが求められているからで、そういう関係にすると、派遣の関係を継続できず、雇用者にメリットがなくなってしまうためである。雇用者の選択肢は、3年以内に派遣の関係を打ち切るか、それを延長したい場合は、そういう義務のない業務請負の関係を選択して無理にでも押し切るか、である。あるいは契約社員などの形で、雇用関係を受け入れるかになってくるが、この場合も、契約社員での雇用は3年が目処になっているので、6年後には正社員にせざるを得なくなってくる。ここが論点なのである。
私は、人事コンサルタントであり、労務政策の専門家ではない。ただし、この偽装派遣の事件は経営労務のコンプライアンスに抵触するもので、会社と労働者の信頼関係を損ねる重大事という認識を持っている。そこで、提言したいのは、業務請負の範囲や性格を明確にし、正社員への道がもっと短縮化されることが基本的には望ましいと思う。朝日新聞社会部の論調にそのまま便乗するつもりは毛頭ないが、業務請負で働く人たちの雇用環境は劣悪であり、将来的に改善されることがないので、結婚したり家庭を持つことも難しい。
しかし、フリーターと呼ばれる層を、いきなり大手企業の正社員に組み込むことも難しい面がある。大手企業は賃金水準が高く、福利厚生なども充実している。有給休暇などを見ても取りやすいし、何かにつけて至れり尽くせりで、中堅以下のところとすごい差がある。もともと日本の空洞化は、自社のブルーカラーに手厚くし過ぎた結果、行き着くところまで行って、自らの手で雇用調整し、中国などに拠点を移して安い人件費を求めることになったものである。
学界における労務関係の専門家は、この業務請負に関して関心を深めており、このテーマで研究発表するものも増えてきている。その論調は、「偽装派遣」は基本的にけしからん、ということである。確かにそうなのだが、現に働いている人材群は本来であれば、下請け企業などで働かせていたものを、自社の工場内で雇用し、そこで製造に当たらせているものである。大企業の採用基準では決して雇われることがない人がその工場で働いている事実は無視できない。
どういう基準で賃率が決まっているのかは定かではないが、決して高くなく、しかも定昇がないことは問題かもしれない。それであれば、定昇やベアを組み込むことを検討することも考えられよう。ただ、誰がどうやってそれを求めるのかという問題はある。というのも、業務請負や派遣の労働者には労働組合がなく、そういう声を経営者に届けるルートは実在しないからである。
私のクライアントの1つにスポーツクラブがある。インストラクターと呼ばれる店舗の運営スタッフと、店舗の事務を行なう事務スタッフは全員がアルバイトである。時給800-950円の積算なので、そう高い年収にはならないが、その給与だけで生計を立てている人も少なくない。ただし、両親と同居の自宅通いの人も結構いると思われる。それと、アルバイトでも、等級が上がると、年収300万程度になる。その場合の労働時間はほとんど営業時間中張り付いている感じになる。それでも、正社員の2年目に及ばない水準である。ただし、アルバイトでは手取りが確保できないということで、最近は個人事業主として取り扱いをしているそうである。どういう法的な裏づけがあって、そうしているのかは定かではないが、業界の常識になっているようだ。その場合、自分で経費処理して源泉徴収税が戻ってくるようにするらしく、形態としてはフリーのトレーナーを雇っていることにするのだろう。時間管理はなくなるはずだが、実態はシフトなどに入っており、シフト勤務しているようだが、名目上はそういうものは外していると思う。その辺は曖昧なところだ。これを通称、個人請負というのだろう。
私の身近なところでも、社員の希望で個人請負になったという例がある。その事業単位の収益によって報酬を決められることを本人が強く希望した結果である。しかし、個人請負には指揮命令が明確にできないなどの問題もある。実際、クレームがきても、その元社員はきちんと対応しようとしないし、あくまでも会社のせいだとか虚勢を張ったり、悪づいたりするという。そういう組織を乱す言動をしても、ペナルティがないので、統制しにくくなる。
またIT系企業でも、コントラクター(業務請負)型社員の導入事例をセミナーで話をされたのを聞いたことがある。私が2日間のセミナーのコーディネーターを務め、3社ほどのIT系企業の人事管理を紹介したのである。その際、全国を飛び回っているというX社の人事部長が自社の制度改定を得意げに語っていた。内容的には、契約社員を増やし、一方で高い給与で処遇すると、所得税が多くなってしまう層を適切に処遇するためであり、もう一方で、できればすぐに退職してほしいのだが、経過措置として完全実績給にするためという説明だった。
ここで、念のため説明しておくが、一般に報酬を支払うには、給与と報酬の2つの形式があり、給与は所得税の源泉徴収表の欄にある数字に即して源泉徴収を行なう。一方、報酬は一律10%を源泉し、100万を超える額について20%を源泉することになっている。期末(12月末)になると、給与所得者は年末調整を行なうのが一般的だが、確定申告することも認められている。しかし、給与の方は金額が高い場合、結構実効税率が高い。特に年収が1100万円を超えると、税率が高くなってしまう。一方、報酬でもらった場合、必要経費が認められ、簡単な損益計算書を書き示すだけで、レシートも一部だけで源泉税の大半が還付される。報酬額が年額1000万円以内であれば、事業者としては小規模なので、税金がほとんどかからない。国税が安いと、国民健康保険なども月額5000円程度である。ある知人の税理士によれば、コンスタントに3000万を超えないなら、個人事業主が有利であり、法人化の必要はないということだった。
このように労働者の事業主化は、表向きは手取りが増える、言い換えれば、会社は支払いの実額を増やさずして報酬の実質を増やすことができるという一面はあるが、事業主には結果責任があり、損害賠償責任もある。いろいろな損保もできているかもしれないが、年額1000万にも満たない事業者が、半ば社員のように管理され、結果だけを見て損害賠償もされるというのではどうかとも思う。しかし、成果主義の考え方と一人ひとりが個人事業主という仕組みは合致しやすい。組織の全体には採用できないが、今後、幅広く導入されていくのではないだろうか。その場合、X社の事例を思い出してほしい。というのも、力点は優秀な高業績社員の適正処遇よりも、ローパフォーマーの追い出しに重点があったからである。十分な育成機会も与えず、一方で時間的には拘束しながら、結果に関しては厳しい責任を求めてそれによって自動的に報酬が弾き出されるような仕組み、これが現代の成果主義なのだろうか。この制度が機能するには、働く側、と言っても既に労働者ではないが、その人達の報酬に関する交渉力があるかどうかである。もし従来の従業員のように払われるまま、黙って受け取り、内心でがっかりしているのであれば、モチベーションも上がらないし、活力は生まれてこないだろう。いずれにしても、悩ましい問題である。



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