能力開発
このサイト及びメルマガの運営者であるIECは、研修、通信教育などを通じて人材育成を事業にしている会社なので、以前、人材育成をコンピテンシー項目ごとに作って教材にしたいという企画を私に提案してくれたことがある。ありがたい話だったのだが、私の力不足、時間不足もあり、実現することができなかった。当時は私もビジネス書を同時平行で何冊も書いており、さらにプレジデントなどのビジネス誌にもよく出ていて、原稿執筆も限界寸前だった。
今になって言い訳をすると、全てのコンピテンシー項目が簡単に開発できるわけではないということは私の頭の中にあり、開発可能な範囲で人材の能力開発をするしかないと考えていた。ゆえに、どんな能力も習得可能という仮説というか前提条件に乗りにくかった。
もう少し具体的に言えば、能力要素のうち、開発可能なものとそうでないものがあるということである。ここで能力要素と言ったが、コンピテンシーと言い換えてもよい。ちなみに、コンピテンシー(competencies)は英語圏では、職務に関連した知識やスキル、そして諸特性のことを指しており、昔からある「職務能力」という言葉と基本的に差はない。1970年代に達成動機などの研究で有名なマクレランドが外務情報員や警察官などに関して行なったコンピテンシー研究が最初とされているが、それ以前の文献でコンピテンシーが採り上げられている文献も読んだことがあるので、あまり深い意味を込めて使われていないことだけは確かだ。日本でコンピテンシー、コンピテンシーと騒ぐのはコンサルタントの連中で、私もその一人だが、それによって商売をしたいからに他ならない。
残念なことに、今も社会人大学院などに行くと、翻訳されたスペンサーのコンピテンシーモデルを参考にして、自社の社員や派遣社員の研究をしたいと言い出す人がいるし、実際にやっている人もいる。学会でも時々、そういう発表がある。しかし、スペンサーのモデルは、聞き取りによって評価できるかといえば、かなり無理があるように思う。実際、やってみると、最後の最後のところで、それに気付く人もいる。
ところで、能力開発の可能性なのだが、こんなエピソードがある。古い研究だが、日本語に翻訳されており、日本でも紹介されているもので、AT&Tのアセスメントに関する研究がある。約30年にわたって実施されたものだが、入社数年の時に実施したヒューマン・アセスメントの結果がどうなったかを追跡調査したのである。そうすると、入社して、例えば5年後、年齢で言えば30歳前くらいに実施した結果は、見事に的中しており、その時に評価の低い人が逆転して活躍したり、管理職に昇進しているケースはなく、また一方でその時に評価の高かった人の将来は明るいものだったそうだ。これについては日本でも同様の研究があり、大手デパートで調査したところ、同様の結果が得られたという。
また上記の研究では、最初の上司といい関係が構築でき、その上司にほめられ、認められ、適宜、重要な仕事を担当する機会に恵まれる一方で、会社に対しても貢献する意欲を持てた人は、その後に活躍していたというのである。ここでの上司との良好な関係を産業・組織心理学では、LMX(leader-Member Exchange)という。
AT&T研究及び日本における研究をまとめると、能力開発のキーになっているのは最初の上司との良好な関係、入社して3-7年程度の時点におけるヒューマン・アセスメントでのスコアは、その後の活躍に大きく関係しているということである。逆に、最初の上司に恵まれず、いい関係を築けなかった人は残念だが、その後の活躍は中程度にしかならないことが多いことが明らかになっている。
したがって、もしこのサイトを人事担当の方がお読みであれば、最初の配属先はきちんと育ててくれる人のところに一旦は置き、ある程度軌道に乗ってから別のところに配属し直すことが必要ということを理解して頂きたい。各部署の必要性とか要員管理だけで配属を決めるのは必ずしもよくないし、長期的には好ましくないということである。新人育成は重要だし、長期的には企業の競争力を決定する事項だし、本来業務とは別途に考えるくらいの余裕がほしい。そのことを考えて頂きたい。
ところが、最近では総合職と別に、営業職を設けて別枠で採用し、3年間の業績でその後に雇用を継続するかどうかを決める人事制度を導入している例がある。ある証券会社がそういう制度を採用している。しかし、こういう制度でゆとりを持って人材育成できるのか、多少疑問を持ってしまう。簡単な研修だけ行い、営業の現場に放り込み、這い上がってくる者だけを残す、しかも明確に期限が切られており、後輩に簡単に抜かれるような業績なら解雇される。そういう仕組みが人材を育成できるのか、もう少し待てば情勢も見えるかと関心を寄せていたら、会社が監理ポストになってしまい、そういう大胆な人事制度を決めたトップ層は市場から退去させられてしまった。
また入社5年目くらいというのは目安であり、その時期は会社によるだろう。ヒューマン・アセスメントの導入と活用に関して最も歴史があり、規模も大きい通信大手企業は入社3年目の終わりにアセスメントを行なっている。3年間の人事考課はある程度加味されるが、ヒューマン・アセスメントのウェイトは非常に大きく、ここで3グループに分けて、@キャリアコース、A中堅/ノンキャリアコース、B他のコースに分かれ、管理職登用の年代までは人事考課で処遇を決定するようだ。かつては採用時点でキャリアとノンキャリアを分けていたが、このアセスメント導入で、その選抜を入社後に行なうようになったことになる。ちなみに、AやBのコースに進んでも管理職登用の条件を満たす時期に来れば、管理職登用のアセスメントは受けることができるようである。そこで挽回して管理職になって活躍することもできる。それと、ヒューマン・アセスメントという言葉は、日本ではある会社が商標登録してしまったので、使いにくくなっている。人材アセスメントとかと言ったりもする。
米国ではアセスメント・センター(assessment center)と言われているが、グループ討議、面接演習、インバスケット演習などの複数の演習を通じて、受講者(asseessee・アセッシー)を観察し、それを複数の講師(assessors)が評定して、総合的に評価する。
各演習について説明しておきたい。グループ討議では、関連会社のトップに扮するなどして予算取りを行い、30分ないし1時間程度、討議を行い、そこで討議にどれだけ貢献したか、影響を及ぼしたかなどを評価する。面接演習では、問題のある部下へのフィードバックを行なうなど話し合いを行なう。あるいは問題を抱えた案件を持って顧客を訪問し、打開策をめぐって話し合いを行なう。インバスケット演習では、未決箱(In-backet)にある相談、提案、要請などを見て、架空の企業の管理者に扮して、その処理を行なう。具体的には支持や命令を行なったり、スケジューリングをしたりする。一種のビジネスゲームである。
評価と言えば、人事考課だけのことだと思っている企業関係者も多いし、人事コンサルタントも内容的には人事制度のコンサルタントであり、せいぜい目標管理の研修を行なう程度である。お得意のドラッカーを紹介して熱くMBOを語ったりする。
アセスメントとしては、上記のような演習のほかに、業務に関するプレゼンテーションとか、作りこまれた教材を分析して発表する演習などもある。あまり実施されていないが、相手役にインタビューを行ない、聞き取りして情報を分析させる演習もある。また行動インタビューといって、その人の実際の職務行動を語ってもらい、それをアセッサーが評価するものもある。BEI(Behavioral Event Interview)というが、スペンサーの文献で紹介されてから、日本でも一時的にブームになった。しかし、インタビューはアセッサー間のブレが大きく、時間効率がよくないので、あくまでも補完的な手法だと私は思う。同じ30分ないし1時間を使うなら、アセスメントを通じて感じたことをインタビューして振り返りセッションするほうが効果的だと思うが、なかなか実際のアセスメントではそういう時間を取ってもらえない。
私の所属する会社でも毎年アセスメントを行なっているが、ほとんどのコース運営が2日間になっており、第1日目は午後始まりでやっていたり、かなり窮屈な日程で運営している。もともと3日間でやっていたものを弊社が2日間で仕切り直して始めたものもある。また目的によっては1日コースで実施したこともある。前置きなどもほとんどなく、3つの演習を実施しておしまいという運営で、教育的な配慮はほとんどない。現在はそういうコースは勧められないので、実施は見合わせている。参考のため、フィードバックのレポートのサンプルを紹介しておきたい。

アセスメントフィードバックレポート サンプル

《演習における状況》
ISでは、与えられた課題を的確に把握し、前置きをして話し合いを進めた。謝意があり、傾聴姿勢もあったが、明朗さがなく、やや交流感がなかった。誠意はあまり感じさせなかった。全体としては無難な話し合いであった。納得行く解決策はきちんと示せていなかった。
IBでは、案件として与えられた課題をよく理解していた。職場にある問題点はよく把握し、緊急性と重要性を意識した判断もかなり的確だった。ほぼ全件処理で、案件相互の関連性も極めてよくつかんでおり、明確でわかりやすい指示を出せていた。期日や段取りも非常によく考えられていた。全体としてはすばらしい処理内容だった。
GDでは、口火を切るなど身を乗り出し、前傾姿勢となり、積極果敢に討議に臨んだ。よき進行役になり、討議の中心的な存在だった。指摘する論点や内容は切れ味鋭く、発言機会も多かった。ただ、やや自分本位な進行もあり、臨機応変さは十分でなかった。自説に固執し、最後の収束には寄与できなかった。
プレゼンでは、細かい文字を示した表を提示し、発表をした。やや小声で聞き取りにくかったが、落ち着きと真剣みは感じさせた。問題点の掘り下げは深く、粘りも十分あり、信頼感があった。

《プロフィール》
強みとなる行動ディメンション
 ◎問題解決力 ◎計画組織力 ◎イニシアティブ ◎能動性
弱みとなる行動ディメンション
 ▲柔軟性 ▲対人感受性 ▲対人インパクト ▲コミュニケーション力

才気煥発、理知的で、理路整然と仕事を展開する。しかしながら、口頭でのコミュニケーションはあまり得意ではない。文書資料や会話からの要点の把握は非常に早く、正確さもある。問題の所在や事の本質を的確に捉えており、問題の系統化がよく出来ている。判断は健全で非常に的確である。与えられた仕事や課題についてはこつこつと取り組み、堅実な仕事ぶりを見せるし、スピード感もある。しかしながら、周囲の雰囲気や周囲の雰囲気や空気、相手方の感情にはやや鈍感で、マイペースに事を進めてしまう。必要に応じていろいろと話し始めるが、その旗振りは時に耳目を集めない。自説は明確で信念もあるが、頑迷で融通が利かないところがある。

《自己啓発のための提言》
マネジメント能力は水準を十分に超えている。ずば抜けた意思決定系の能力があり、仕事を行う際の推進力もある。仕事の手配は綿密かつ着実で、抜けや漏れがほとんどない。しかし一方で、周囲から見たわかりにくさなどの問題点があり、ときに仕事上の成果、効果が出ないことがある。実力は十分にあるので、それが名実共に評価されるように意識されたい。これを転機に大いに成長を期待したい。チャンスは十分にある。

なお、演習における状況は、実際に配属した場合の仕事ぶりを反映しているといわれる。GD(グループ討議)は集団状況、IB(未決案件処理)は個人作業、IS(面接演習)は対人状況である。


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