――そうして自分で見つけることで成長していくと、選手側としても、モチベーションなどが続きますね。
選手は簡単。自己実現のために陸上競技をやっている。それをハッキリさせてあげる。他に勝ちはない。自己実現を「勝つ」という言葉に置き換えていいですよ。それは他人と競争して勝つってのもあるだろうし、自分と競争して勝つってのもあると思う自分が自分らしく、なんのために生まれてきたのか。自己実現のためにやる。それができて、はじめて次にいける。じゃあ、コーチの自己実現ってなにか。勝つことじゃない。勝つのは選手なんだから。その子たちが自分から気付いて走るように、自分でやれるようにしてあげる。自分で自己実現をやろうっていう方法論は、ちゃんと教えてあげる。「こうやったらいけるぜ!」ってね。
「人が見えないところで、本人にも気付かせず、
絶対にコインの表が出るようにする」
――選手の自己実現である「勝つ」ことのために、他にはどのようなことをしていますか?
いろんなものを使って、勝負で勝つにはどうしたらよいかってのを考える。どんなことでもいい。すると、運が向く。勝利の女神って絶対にいるはず。どっちが勝ってもいいんだから。それを勝たせてくれる人がいる。必ず。負けさせる人もいる。すべてに意味があって、すべてを理解してやらないと。それこそ大きな世界で動かされているんですよ、我々は。たとえば、この前のアテネ五輪でうちの子は代表になれなかった。代表は39名までで、うちの子が40番、41番だった。それは、大きな力があって、我々のチームにはオリンピックにいくだけの分が備わっていなかった。それを、なんなのか考えなければいけない。ぽんとコインをあげたら、裏か表は絶対出る。でも、肝心なときには必ず表っていう人生をおくんないと。そのためには、なにをしなければいけないか。正直に生きて、精一杯生きて、自分の目標にしっかり突き向かっていって。勝負の女神が「やっぱりなーっ」て思うような手の打ち方をたくさんしていく。手を打ったやつが勝ちなんですよ、この世界。

――たとえば、どのような形で手を打たれるのですか?
よく話をさせていただくのは、小出監督のこと。Qちゃん(高橋尚子選手)が(シドニーオリンピックで)サングラスを捨てたところ。30kmすぎて、Qちゃんがサングラスをぽーんと外して、そこからスパートして勝っていくんだ。そのとき小出さんは言ったわけ。「その30km地点でホテルに泊まって、ここでQちゃんと毎朝ジョギングしたんだよ」「勝負どころはここだ」と言い聞かせたって。それで実際に勝ったんだけど、そんな偶然ってありえないでしょう。あのレースでいうと、ゴールの手前にもホテルをとっている。同じように、真ん中あたりにも10キロ地点にもスタート地点にも、全部ホテルをとってる。それで、そのときの体調に合わせた距離のホテルに入る。Qちゃんには、なにも言わない。「ここだよ、ここからいくよ」ってだけ。ホテル周りでジョギングしながら「ここで高橋。絶対ここだよ」って言い聞かす。高橋が走ってくると、「ああ、監督といつも走ったとこだ。よし、ここだ。体調もいい。いける!」って思って、実際に勝った。それがコーチの仕事。こうやって、絶対表しかでないように、人が見えないところで、本人にも気付かせず、どれだけ我々が手を打てるか。

「違いを明確にできるかどうか。それを数字として提示する」
――違いを見つけようとする中で、データの活用というのはしますか。かなりデータを活用されているような感じがしましたが。
最近はしないですね。昔はわからなかったので、数字にしないと見えなかったんですよ。いまは数字にしなくても見えるので。ただし、選手に提示してあげるときは数字にしてあげる。

――ビジネスマンでは、上司が部下をコーチングする場合など、データとかはなしに思いつき程度にやることが多いんじゃないかと思います。データの活用というのが、もう少し必要なのではないかという気がするのですが。
まず違いを明確にできるかどうか。それが感覚であって、なおかつ数字にできたらもっといい。たとえばこうしてお茶を飲んでみて、「美味いか美味くないか」ってだけの話なんですよ。それを数字にして-提示できるか。簡単に言えば「美味くないやん、これ」なんですけど、「じゃあ、なにが」となるので「実際にデータ分析してみようか」ってなるんですよ。数字がわからないとデータの分析のしようがないし、見ることもできないです。その数字の差とは、飲んだときのなんの差かをわからなければならない。これはコーチが身につける必要があることです。矯正するプログラムの場合も、はっきり「ここだ、ここだ、ここだ」って。それぞれ監督で矯正しながら、「なにが」っていうのを大掴みできなければダメ。

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