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第9回
人の上に立つのではなく
「朝日小学生新聞」で連載していたコラムの取材がきっかけで、私は、小学校に見学に通っていた。その小学校に、お客さんが来ることになった。
パソコンやインターネットをふんだんに授業に取り入れている4年生のクラスは、フィンランド国内でも注目を集めていて、外部の人々が視察に訪れることも珍しくなかった。しかし、今回視察に訪れるのは、なんとフィンランドの教育大臣と運輸通信大臣だと言う。事前にそれを聞いた私は、驚いて有頂天になっていたが、4年生の子どもたちも先生たちも、不思議なくらい平然としていた。皆、来るのが誰であろうと視察団には慣れているらしい。

幸運にも私は、視察の日にその小学校に居合わせることができた。朝の職員室で、2人の大臣の到着を待ちながら、1人そわそわと私は考えをめぐらせた。いったい、どれだけの人数の団体が着くのだろう。秘書やボディーガードなどのお付きの人々、テレビか新聞の記者も来るかもしれない。何台もの車に守られながら、空中をヘリコプターも飛んだりするのだろうか。そろそろ時間だし、皆で玄関先へ向かってお出迎えをしなければならないのでは…。そう思った途端に、「コンコン」と職員室のドアをノックする音が聴こえた。見ると、ドアのところに女性が2人立っていて、
「どこから校舎に入れば良いかわからなくて、迷っちゃったわ」と笑っている。
その2人の女性が、教育大臣と運輸通信大臣だったのだ。別の学校の校長先生が案内役として一緒に回っているようだったが、私の予想を裏切り、たった3人だけで行動していたのだ。
「フィンランドでは、大臣も単独行動するのよ。今回は2人だから市が車を用意したみたいだけど、以前、運輸通信大臣が1人で訪れた時は、タクシーで学校まで来てたわ」と、4年生の担任の先生。驚いて空いた口がふさがらないでいる私に、先生は笑いながら言った。
「大臣と言ったって、彼女たちも普通の人間だからね」

教育大臣と運輸通信大臣は、職員室の中に入ると、その場にいた全員の先生や職員と握手をし、あいさつを交わした。ただの見学に来ているだけの私が、先生たちの隣に並ぶのはおこがましいと思った私は隅の方へ行き、先生たちの後ろの方へ隠れた。私にあいさつをしなくても、悪い気がしないようにと、目線も合わせないようにした。それでも、教育大臣は私のところへやってきて、手を差し伸べたのだ。
「ヘンナ・ヴィルックネンと言います」と優しく微笑みながら。

その後も、授業を見学する様子を私もついて見させてもらったが、実に和やかな雰囲気だった。
「今、何をしてるところなの?」
「このプログラムを使ってアニメーションを作ってるとこなんだ」
今取り組んでいることを大臣に説明する、普段どおりの子どもたち。
「パソコンを用いると、教科書を使うよりも、子どもたちは集中しやすいような気がするのだけど…」
「いやぁ、集中するのが難しい子は、何を使ってもやはり難しいものだよ」
時々ユーモアを交えながら現場の話を聞かせる、いつもどおりの先生たち。妙に思えるほど、2人の大臣がいるこの教室の風景が自然に見えた。そして、自然に見えることが、とても不思議でたまらなかった。敬語のほとんどないフィンランド語も手伝ってか、子どもが、先生が、大臣が、皆対等なのだ。そして、皆がお互いを尊重し合っていた。誰かに強要される礼儀作法などではなく、人として他者を重んじて内からじわじわと湧き出る、そんなしたたかで温かい気持ちで。

そんなワンシーンに、私は思いがけず、フィンランドの社会がいかに平等であるかを目の当たりにすることができた。政治家とは、国民を代表しているだけで、国民の上に立つ者ではない。きっと、そんな考えを国民も政治家自身も持っているのではないだろうか。この国のすべての人が共有しているかのような、大きな意識の存在を確かに感じたひと時だった。


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