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第10回:「わかっちゃいるけど、やめられない」Knowing-Doing Gap
 「わかっちゃいるけど、やめられない」。タバコをやめられない、深酒を止められない、ついケーキを買ってしまう。勉強しないといけないのに、机に向かえない。頭で理解していることと、やっていることが違う。僕たちの日常生活は「わかっちゃいるけど、やめられない」で満ちあふれているともいえます。

 これを組織レベルで考えたのが、スタンフォードのフェッファーとサットンです。彼らは、この「分かっちゃいるけど、やめられない」現象をKnowing-Doing Gap(頭で分かっていることと、やっていることの間の違い)として考えました。
彼らは、「組織の成果を上げるためには何をしたらよいのかは分かっているのに、実際にそれができてないところが多い。なぜだろう?」と考えているのです。
▲うちのキュウリが実をつけました。
キュウリとビールで日本の夏!という感じです。
それに対して、彼らは、組織の中での意味のない競争や、あまりに複雑な評価システム、過度な前例主義などいくつかの要因を挙げています。

このKnowing-Doing Gapを埋めるための手段は日本と欧米ではかなり違います。もっといえば、手段は基本的には同じなのだけど、その割合がかなり違うのです。対処法は大きく分けて2つ。第1は、とにかくKnowingの方を徹底的にたたきこむ。つまり、タバコは体に有害だということをとにかく教育する。勉強しないとダメ!飲み過ぎは体に悪い!ととにかく徹底的にすり込む。これは、「分かっちゃいるけど・・・って言うけど、実は全然分かってないんだよ!」というアプローチです。

もう1つが、アクション・プランを立てることです。これは、「分かっちゃいるけどやめられない」問題の本当の原因は、「本当に分かっているかどうか」にはないと考えるアプローチです。本当の問題は、「理解している」ことと「やっていること」の差を縮めていく具体的な計画がないこと。あってもそれが貧弱なことだと考える取り組みです。アルコールの量を減らそうと思えば、どのように食事をとれば良いのか、スパークリング・ウォーターをどのタイミングで飲むと良いのか、飲みたくなったときにはどうするのか、など細かくアクション・プランを考えていくわけです。

日本では第1のアプローチが多く使われてきました。たとえば戦争についての教育。戦争の悲惨さをとにかく教育していく。公害も同じです。とても大切なことではあるのですが、ある面ではこのアプローチの方が楽ともいえます。悲惨な映像を見せる。そして、それでもDoingができなかったとしたら、「あれほど言ったのに」と言える。教育する側の責任もある程度果たしたかに見える。

でも実はKnowing-Doing Gapをなくしていくためには、この2つの対処法は両輪なはずです。それでも日本ではアクション・プランについてふれられるのはまれです。反対に、欧米では2つ目のアプローチが比較的多く使われてきました。これには理由があります。

多様な倫理観や価値観が共存しているところでは、Knowingについて共通の認識を持つことは容易ではありません。飲酒に関して寛容な人もいますし、絶対に許さない倫理観を持っている人もいます。その場合、Knowingを徹底的に刷り込んで、共通の認識を植え付けるのは難しい。それよりも、目的自体の価値はそれほど問わずに、ある目的のためにはどのような手段が効果的かという2つ目のアプローチの方が楽なのです。

 日本には倫理はないけど、道徳はあるといわれています。ものすごく簡単に言うと、倫理とはブレナイ価値です。多くの宗教が説くのは倫理です。誰が何と言おうが、どのような状況においても正しいものは正しいし、悪いものは悪いというものです。道徳は、他の人がどう思うかに依存しています。みんなが悪いと思えば、それは悪い。コミュニティを一歩出れば道徳は変わってしまう。旅の恥はかき捨てというのは、まさにコミュニティから解き放たれて、道徳がなくなってしまう時に起こるわけです。逆に、欧米は(おおざっぱにひとくくりにしてしまうのは問題なのですが)、倫理が比較的強く働くような社会でした。
▲僕はこれがやめられないんです。
ハンバーガー。特にジョニーロケッツの。カロリー高いの分かってるんですけど、やめられないのです。
 このことからすると、さまざまな倫理観は共存しえるけれど、多様な道徳観というのはなかなか共存しないということが理解できます。そして、いろいろな倫理観が共存しているときには、第1のアプローチをとる効果は少なくなります。価値観が多様だからです。だからこそアクション・プランのアプローチにその重点が置かれる。日本のようにある種の道徳観が比較的強く共有されている場合には、第1のアプローチがとりやすかったのです。

ただ、いろいろな形の働き方、異なるバックグラウンドを持つ人、全く違った価値観を持つ人、など日本の社会の多様性は間違えなく増していきます。そのような状況で、僕らはどうKnowing-Doing Gapを埋めていくのかは大きな問題となります。いつまでもKnowing強化のアプローチではうまく機能しない。どのようにアクション・プランの学習を組み込んでいくかがこれからの課題の一つです。でも、ここをどうデザインするかにこそブレークスルーのチャンスの一つがあるわけです。
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