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どうにかならないものか――
「9対1」の空しいアナウンス


アジアの人たちにとって、北海道は特に強い憧れを抱いている地です。彼らが欲する「雪」「海」「花」「グルメ」「温泉」といったキーワードが揃っているので、絶大な人気は当然といえるでしょう。そんなわけで、北海道のインバウンドビジネスは大変に盛り上がっているのですが、その恩恵を受けているのは、札幌、小樽、函館などの有名観光地だけではありません。最近は交通の便が悪い地方までがアジア人で埋め尽くされており、彼らの情報力、行動力には驚かされるばかりです。

今冬、インバウンドの視察も兼ね、網走と釧路を巡るルートで流氷見物に出かけました。網走は札幌から特急で約5時間半もかかる遠い街です。にもかかわらず、流氷観光船の乗客は約9割が中国人。平日とはいえ、日本人の姿は数人しか見かけませんでした。

残念ながら、まだ流氷は接岸していなかったのですが、中国人のグループはオホーツク名物の「青い地ビール」を大量に買い込み、あちこちで宴会モードに。こうした状況が常態化しているらしく、再三、ビールを宣伝する中国語の船内放送が流れていて、ここでは商売の上手さを感じました。
もし、中国語の放送がなければ、売り上げは大きく減っていたに違いありません。
▲SL撮影に興じるアジアの人たち
その後、網走―知床斜里は「流氷ノロッコ号」、知床斜里―標茶はバス、標茶―釧路は「SL冬の湿原号」で屈指の絶景コースを移動したのですが、ここでも主役は完全にアジア人。流氷観光船はツアーに組み込まれているためか中国人ばかりでしたが、個人でチケットを手配しなければならないこのコースは、自由旅行に慣れた台湾人が大半を占め、あとは韓国人と欧米人が少々という顔ぶれでした。中国でも個人旅行の比率が高まっているので、いずれは大勢の中国人も加わるのでしょうが。
「ノロッコ号」の車中では、台湾人の若いカップルが「バスの指定券を持っていないのですが、このあと乗車できるでしょうか」と不安げな表情で話しかけてきました。日本語も堪能な様子でしたが、中国語で答えてあげると、とたんに親しげな感じになり、それからは中国語で質問攻めに。やはり異国で母国語を話せる人に会うと、嬉しいものなのですね。多少なりとも中国語が話せたおかげで、ささやかながら「おもてなし」に貢献でき、改めて言葉の重要性を痛感しました。

 ところで、この列車では、お世辞にも上手とはいえないものの、中国語の案内(地元のボランティアが必要に迫られ、にわか勉強したのでしょう。意欲は素晴らしいと思います)があったのですが、問題はバスとSLです。特にバスは乗客のほとんどが台湾人をはじめとする外国人であったのに、ガイドの女性は日本語の案内を延々と続けるばかり。同行のカメラマンは「このバスで日本人はたぶん私たちだけですよ。なんだか、自分たちのためだけにガイドされているようで、気まずいですよね」と話していましたが、まったくその通りです。急激に増えた外国人観光客対策としてバスを増車するのが手一杯で、英語や中国語での対応までは難しいことは理解できますが、たった2人の日本人を相手に日本語でガイドをするのは無意味といわざるを得ません。

おそらく、外国人が日本人を上回る日のほうが多いはず。だとしたら、天候その他で話す内容が変わるのかもしれませんが、せめて事前に外国語で案内を録音し、それを流すなどのサービスを実現できないものでしょうか。あるいは、外国語のプリントを配布するとか。
 SLの車中でも、「ただいま車窓にタンチョウがみえています」といった貴重な情報が、日本語だけで放送されていて、台湾の人たちに申し訳ないな、という気持ちになりました。件のカップルのように、台湾の人は多くが日本語を解するので、あまり不便はないのかもしれませんが。日本人が少数派のなかで日本語の放送だけが流れるシチュエーションは、正直ちょっと肩身の狭さを感じます。

 ちなみに、海外の公共交通では、多言語による案内が珍しくありません。ソウルの地下鉄は、ご丁寧に韓国語、英語、日本語、中国の順番でアナウンスがあります。また、台北のライトレールは、中国語、台湾語、客家語と英語を採用しています。本来は義務教育で習う中国語と外国人向けの英語だけで事足りるのですが、大陸の言語をよしとしない人にも配慮している点に、台湾の複雑なアイデンティティーが垣間見えます。


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