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第9回:
どうせ英語をやるのなら
▲パリまで車で4時間半。
テニスのフレンチ・オープンに行ってきました!
雨が多くて、コート整備の人も大変です。
ヨーロッパはテニスの大会が多くて嬉しいです。
▲朝早く行くと、ボールボーイたちがアップしてたりします。これは彼らのお昼ね。
ではなく、試合に入る前の最後のリラックス。
ボールボーイたちも毎試合評価され、セレクションされて、大会が進むにつれて、精鋭たちになっていきます。
日本の教育再生懇談会は、小学3年生から英語を必修化するように求める報告を出したようです。中学からずっと勉強しているのにこれほどできないのだから、学習年数よりもやり方の問題な気がしますが、勉強を始める時期を早める方向のようです。

英語には国によって、上手い下手があります。フィンランド人、スイス人、オランダ人は抜群に英語が上手い。反対に、フランス人、スペイン人、イタリア人などはどうも英語が苦手の人が多いようです。一般的には、そもそもの言語圏が違う人たちは英語の習得が難しかったり、英語圏にビジネスパートナーをもとめないといけない国の人は一生懸命英語を勉強するといわれています。フランス、スペイン、イタリアのように食事が美味しい国の人は、英語なんて勉強する暇がないのかもしれません。オランダ人はすっごく英語が上手いのです。英語とオランダ語は言語圏が似ているから有利だと言われていますが、それにしても上手い。オランダと日本を比べるのは酷ですが、日本人は英語は苦手ですよね。

オランダでは1989年にバイリンガル教育が導入され、今では100を超える学校が導入しています。EUの知識集約的な産業の中心地になるべく、優秀な人材を集めてくるために英語に力を入れています。バイリンガル教育が導入されている学校では、歴史や生物といった教科が英語で教えられています。この教科の間はクラスは全部英語です。先生の言っていることを理解するためにも、質問するためにも、宿題するためにも英語を使わないといけません。オランダのほとんどの大学院では英語が使われています。僕も授業をするのですが、授業中はオランダ人の間でも英語です。問題はほとんどありません。そういうシステムに完全に慣れているのです。ビジネスで使える英語の習得という明確な目標があります。また、英語でアウトプットを出していくことに重点を置いたやり方です。アウトプットをきちんと出すためには、必然とインプットをしていかないといけません。

このやり方は先生に大きな負担がかかります。英語で授業ができて、生徒の出したものもしっかりと評価できないといけない。日本にいきなりそのまま導入することは難しい。先生の問題もあるし、受験のテストに英語がありますから、そっちの勉強もしないといけない。

でも、小学3年生ぐらいからやるのであれば、体育とか図画工作など子どもが好きな科目から英語でやれば良い。子どもたちが、聞きたいことや、言いたいことがあるときにこそ、英語でやらせれば、モチベーションも効率も上がる。英語だけ教えても効率は絶対悪い。

そもそも、なんで日本人が英語をそこまで勉強するのかということに対しては、「国際社会だから」といった具合の、ぼんやりとした回答しかありません。何のアウトプットを英語でだすのかが漫然としていると、どうしてもインプットも効果も効率も落ちてしまいます。英語の上達の目標が、「外国人に千代田線の乗り方を流暢に教えてあげる」とか「ニューヨークのティファニーで流暢に英語を使ってお買い物がしたい!」だけじゃあ、つまらないし、もったいない。

ただ、多くの子どもたちが英語ができるようになると、世界の情報へのアクセスがグンと増えてくる。ぜひここをターゲットにしてやってもらいたい。僕は、日本にいたころには、普通に新聞を読んで、テレビを見て、インターネットをブラウズしてという感じでした。すべて日本のメディアです。海外に来るまでは、「あー。北朝鮮は情報統制が厳しいんだなー」とか「中国って、インターネットまで制限があるんだ〜」、「日本って自由だな〜」なんて思っていました。

ところが、海外に出て、外国のメディアを見ていると、いかに日本に外の情報が入ってきていないのかにもうびっくりですよ。正確に言うと、情報がいかにメディアによって取捨選択されているのに驚かされました。たとえば、長野での聖火リレーでの出来事や天皇の外遊の際の報道。日本のことだけではありません。中国への遠慮からか、ダルフールの紛争なんてどの程度まともに報道されているのかかなり疑問です。

映画の字幕にしてもそうです。日本で大ヒットしたハリウッドのいわゆるデートムービーでは、日本人が不快に思うであろう台詞はあえて訳出していないことがあります。情報は取捨選択されて僕らに出されているわけです。本当は、そういう台詞こそが、日本人が世界でどういうイメージで捉えられているのかを教えてくれるのに。

もちろん、それぞれのメディアには、それぞれの政治的、経済的な利害関係があります。どうしても情報は偏向してしまいます。だからこそ、自国のメディア以外を見てみることが大切になってきます。外国語に明るくなって、違う国のメディアにアクセスできるようになれば、いろいろな情報に触れられます。いろいろな情報があってこそ、多様な考え方も生まれるし、それに対する寛容も生まれてくる。もちろん、それが、英語のメディアである必要はないけれど、まあ、英語が手っ取り早いし、多く使われています。

新聞やテレビ、ラジオではなく、個人発信の情報でも面白いものは多い。日本のブログは、昨日何を食べたとか、何を買ったとかいう“終わりなき日常的”なものが多いですが、アメリカやイギリスのものはもう少し違う。ブログ文化が、マスメディアには登場しない(なんらかの理由で登場できない)ジャーナリストたちの情報発信として広まってきたという経緯があります。面白い見方や情報を提示しているものが多いのですよ。

いまや、インターネットへつながれば、いろいろな国のメディアにアクセスできます。日本語だけのメディアから、英語へと一歩進むだけでもいろいろな可能性がでてきます。日本語のメディアへの満足度が高いのはそれ自体悪いことではないけれど、その他への関心やアクセスビリティがなくなるのはとってもまずいし、それがあったほうが絶対面白い。流暢な英語を話すことだけが「国際化」ではないですよ。

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