「俺は、ブッシュは嫌いだ。共和党支持者でも、ブッシュを嫌う人が多くいるぜ。」

中学一年生(日本では小学6年生)の近所の子供達をサッカーの練習から連れて帰る車中、突然、彼らが「政治討論会」を始めた。「へエー」と思いながら静かに聴いていると、どこかで聞いたことのあるコメントがよく飛び出す。どうやら、親の意見を真似ての議論のようだ。

友人夫婦の小学校4年生の女の子を車で家に送る際にも、ちょっとした政治談議を経験する機会があった。彼女の父親は弁護士で、頑強な共和党支持者。母親も弁護士だが、民主党支持者だ。だから、家ではいろいろな問題についてよく議論がされるという。「じゃあ、ケイティーは?」と彼女の支持政党を聞くと、「私は、インディペンデント(無所属)」
で行くとのこと。「どうして?」の問いに、「だって、共和党支持者になれば、お母さんが悲しむし、民主党支持者だとお父さんが悲しむから」という返事か返ってきた。

米国で生活していると、政治を身近に感じる。マス・メディアはもちろんだが、友人達の集まりでも家庭でも、よく時事問題が話題に上る。大統領選挙のある今年は尚更だ。しかも、イラク戦争を巡る外交政策から医療保険、雇用、税金等の国内政策に至るまで殆ど全ての問題で、米国社会が真っ二つに割れているから、時にはちょっとした会話が激論に発展することもある。人によっては、人間関係が悪くなることを恐れて隣近所の人とは政治の話は一切しないという人もいるくらいだ。

いずれにしても、三回の政策討論会でより明確になったブッシュ、ケリー両候補の世界観と政策の違いは、米国民の生活に大きな影響を及ぼすだけに、今回の大統領選に対する皆の関心は高い。米国民だけではない。この大統領選には世界が注目している。冷戦構造が崩れ、世界唯一のスーパー・パワーとなった米国が世界に及ぼす影響力を考えれば当然のことだ。米国の大統領選は、世界の大統領選になったかのような観さえある。

ところが残念ながら、米国大統領選は、やはり米国の域を出ることはないのだ。この国の政治家が、国民相手に外交政策を論ずる時、必ずといっていいほど口にする言葉がある。「国益 (national interest)」だ。要するに、米外交政策は、米国の利益を最優先したものでなければならず、自国の利益のためには、米国政府はどんなことでもする。たとえ、それが他国の犠牲を意味していても、ということだ。全ての問題で意見を異にするブッシュ、ケリー両候補だが、「国益第一」ということに関しては一致している。「民主主義」と「自由」を旗印に強引に「悪の枢軸国」に戦いを挑む単独行動主義のブッシュ大統領にしても、世界の「信頼」と「尊敬」を得るべく国際協調主義を唱えるケリー上院議員にしても、米外交政策の出発点と到着点は、国益なのだ。

何を今更、と言われるかもしれない。今の世界の政治体制の中では、どこの国の政府だって国益を外交政策の大前提としているわけだろうから。しかし、一方で世界のリーダーを自任しながら、他方では「国益、国益」と諸政策を論ずる米国政治家の姿は、欺瞞に満ちている。滑稽に見えることさえある。いや、論じるだけではない。その時々の国益のために、米国政府は、非民主的で、不平等で、不合理な外交政策を、あらゆる手段を使って実践しもする。一度、国境を越えれば、そこは全く力の世界。民主主義もヘチマもないということだろうか。
しかし、考えてみれば、米国政府に世界のリーダー役などを期待すること自体、ナイーブなことなのかもしれない。米国政府が国益第一主義に縛られている限り、世界(他国)との溝が埋まることはないだろうから。一年程前に、民主党政権で活躍したあるホワイトハウス報道官と立ち話をした際、国益を追求する米国政府が、同時に世界のリーダー役も務められるかと尋ねたことがある。でも、はっきりした答えは返ってこなかった。どの政権も普通、最初の2年は国際問題に、残りの2年は(次の大統領選挙を念頭に)国内問題に焦点を当てることでバランスをとろうとしているというコメントにとどまった。

11月2日の米大統領選まで、あと二週間。ブッシュ、ケリー両陣営はラスト・スパートをかけ、マスコミも選挙のトピックで溢れている。選挙権はないが、私も、米国の住民として、そして日本人として、この選挙の結果がとても気になる。もっと安全で、もっと住みやすい世界にしてくれることを次期大統領に望むからだ。
でも、過多の期待は禁物。次期大統領も、やはり米国の大統領なのであって、世界の大統領ではないのだから。そういえば、3回目の討論会の最後にブッシュ、ケリー両候補の各々が米国民に呼びかけていた。
”God bless you!” “God bless the United States of America!”・・・・・・と。

Copyright by Atsushi Yuzawa 2004


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