――これを読んだ人の中には、「うちの会社じゃなあ」「自分には無理だ」と思ってしまう可能性があります。立場的な面も含めて。
若い人がいて「私はどうしたらいいでしょう」と聞かれると、それには「天にツバするようなことを言うと自分に戻ってくるから諦めなさい」と言うのですが、「自分で与えられた部分。それは、自分一人なのかもしれないし、部下がいて小さな三角形の組織なのかもしれないけれど、その範囲だけは徹底してできるようにしなさい」と加えます。まずは、自分のところだけ残業をなくしてしまえばいいんです。そのうえで「仕事は全部終えています。業績もあげています。文句はありますか」とやればいい。

――それでもできない場合は?
そういった人たちにも、本当はどうあるべきだ、っていうことを、まずは頭の隅っこに入れておいてほしいのです。いまは、それを分かっていない会社の上司は滅私奉公するのが正しいと思っているんですけど、いつの日か自分がそういった立場に立った時、実はそうじゃないんだよ、と社内を変えていってほしいのです。

――まずは、仕事と人生について、じっくりと考える機会を持つことだと。
人生で楽しむためのお金を稼ぐために仕事をする。どうせそれをやるんであれば、楽しく仕事をやろう、ゲーム感覚でやろうっていうのが本来の話です。でも本当は、人生、自分の一生を考えたときに、一生そのものがゲームって考えたほうがいいかもしれない。そのなかで一番の勝った人というのは、最後の生活が豊かにできた人。お金が豊かということではなく、精神的に豊かということ。それは最終的に、健康も絡んでくるだろうし、お金も絡んでくるだろうし、奥さんとの家族関係も絡んでくるだろうし。これは本当に大切です。


――夫婦生活という話が出ましたが、こちらも日本人には苦手な部分かもしれません。なかには、仕事に逃げている人もいるでしょう。
暇の使い方やライフスタイルを考えるなら、基本は夫婦単位です。夫婦単位で動くということを、日本人は忘れてしまっているのです。それなのに、定年で辞めるころになって、いきなり家に戻ろうとするから失敗するんです。

――そうしたお話はよく聞きますね。

たとえば、奥さんが定年になった旦那さんに対して「自宅にいてもいいけれど、電話に出てはいけませんよ。あなたが出ると、私の友達が電話してこなくなりますからね」なんて。
日本の場合は、旦那と奥さんが、まったくべっこの生活圏で暮らしているから、旦那は生活圏をもっていなくて、仕事圏しかないわけです。で、生活圏のほうは、帰ってくると、奥さんのほうにしかないわけです。だから、そこのところで電話をとってしまうと、奥さんの生活圏が荒らされてしまうわけです。それで居場所がなくなって、退職したのに会社に毎日出てくる人もいるみたいです。


――どのような夫婦生活を送ればよいのでしょうか?
フランスで結婚する時に、うちの女房に言われた言葉をお贈りします。「結婚するまでは、お互いの目を見合っていればいい。結婚したと同時に、手を取り合って、ひとつの方向に歩み始めることが、結婚だ」いい言葉でしょう。35年間の結婚生活の経験からこれに追加するなら、「手を取り合って、二人で一つの方向に行くのですけど、つねに奥さんがどっちを見ているかを見て、それに視線を合わせるということをしていかなければいけない」と。まあ、半分ジョークですけどね(笑)。


――仕事に一生懸命になるあまり、ちょっと家庭への注意が薄くなってしまうんですね。
日本は、手に手を取り合わないで、手を離してしまう。離れていってしまう。で、最後に、仕事を辞めた時に、「おい、お前」と言って戻ろうとしても、戻れるわけがない。だから、つねに夫婦単位で動くことは、豊かな人生をおくるうえで非常に重要なこと。もちろん仕事はプロフェッショナルとして動かなければいけないけれど、自分の生活を豊かにすることが最終目標だっていうことを、つねに頭の中に入れていかなければならない。夫婦生活って言うのが、最後の生活の拠り所だ、ってことを覚えておかないと、さびしい老後を過ごすことになります。
吉越浩一郎(よしこし こういちろう)
前トリンプ・インターナショナル・ジャパン代表取締役社長/吉越事務所代表
経歴
1947年生まれ千葉県出身。大学卒業後、極東ドイツ農産物振興会、メリタジャパン、メリタカフェを経て、1983年、トリンプ・インターナショナル(香港)に入社。プロダクトマネージャー、リージョナル・マーケティングマネージャーを歴任する。1986年より、トリンプ・インターナショナル・ジャパンに転属。マーケティング本部長、同副社長を経て、1992年より代表取締役社長に就任する。その際、ドイツと香港での職務経験より、日本の職場における生産性の低さを痛感する。
以来、仕事の効率と生産性を向上させるためのユニークな制度を次々に取り入れ、当時低迷していた外資系下着メーカー「トリンプ・インターナショナル・ジャパン」を、19年連続増収増益に導いた。現在、これらの生産性向上の取り組みは、多くの企業で倣われている。2006年の退任後は、吉越事務所代表として企業向け講演活動などを行っている。
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