米倉:本当だね。そこで言うと、我々教師もそうなのだけども、学生を自分のカスタマーだと思っている教師、市民を自分のカスタマーだと思っている市役所、患者を自分のカスタマーだと思っている医者、それがまだまだ多くはない。カスタマーに最上のサービスを届けるっていう自覚、それがイノベーションだと思うのですよね。
仕事をこなすのではなくて、そこに付加価値をつけて、カスタマーのサティスファクションをあげるというパラダイムチェンジが起こっている人は、すごくいいことやっているね。



イノベーターの特徴?
イノベーションを起こす方に共通することはありますか? あるとすればどのようなものになるのでしょう?
清水:これはたしかに皆さん、関心があるところですよね。

米倉:まず、思想、性格などについてはあまり関係ないよね。ある思想を持った人とか、ある性格を持った人がイノベーターになりやすいなんていうことはない。そういったことに縛られている人のほうが問題。

清水:経営学では、リーダーシップの研究は盛んに行われてきた分野のひとつです。1950年代から盛んに研究がされてきました。そこでは、高業績を上げるリーダーの行動の特徴を捉えようとしたのですよね。例えば、部下へ詳細で具体的な指示を与えるほうが良いのか、権限委譲をしたほうが良いのかとか、人間関係指向的なリーダーが良いのか、論理的分析的なリーダーが良いのかなど、いろいろ研究がされてきました。
そして、分かってきたのは、常に大きな成果を上げるようなリーダーシップやイノベーター像はないということなのです。どのようなリーダーシップが、成果を上げるのかは、かなり状況依存的なのです。
難しい問題ですね。まあ、でも強いて言えば、人を巻き込むような大きくて強いビジョンのようなものが共通点になりますかね。

米倉:そうだね。大きなビジョンをもってチャレンジすることが大切になってくる。あとは、環境はやっぱりあると思う。イノベーションが起きやすい環境と、なかなか起きにくい環境はある。例えば、シリコンバレーに典型的に見られたベンチャー・キャピタルは大切な役割を担った。失敗が許容され、チャレンジが促されるような環境が創られたわけだ。

清水:企業の中にその環境を整えてあげることこそ、マネジメントの重要な役割ですよね。チャレンジできるような仕組みさえあれば、あまり思想とか性格とかは関係ない。シリコンバレーではさまざまな人種がイノベーターになっているわけですから。



グローバルと日本
清水さんは、シカゴやロンドン、オランダなど長い間、海外で生活されていましたが、好む好まざると怒涛のように押し寄せてくるグローバリゼーションの流れの中で感じる「日本のいいな、ヤバいな」ということなどありますか?
清水:んー。最初に思い浮かんだのが、移民の問題です。アメリカやイギリス、オランダにも多くの移民が暮らしています。彼らは多様性をもたらし、社会の活力となっているのですが、アメリカなどを見ていると、これから先、日本は大丈夫かなって思うことがあります。例えば、アメリカに移民したアジア系、中国や韓国、インドなどからの人たちは、自分の子どもにしっかりと教育するのです。
で、彼らの子どもが賢くなって、中学校、高校、大学と進み、良い成績をとるわけです。社会に出ても良いパフォーマンスをあげる。当然、出世します。
彼らが白人の上司にもなりますし、彼らによってポジションを奪われてしまう人もいます。そうなると、当然排斥運動のようなものが出てきてしまいます。“白人”であることのみがアイデンティティの拠り所になってしまったりするわけですよね。僕は、これが近い将来、日本でも起こってしまうのではないかと心配しています。

米倉:なるほど。


清水:移民という形でないにしても、労働力としてはすでに海外から多くの人が日本に入ってきています。
そこで大切になるのが教育です。教育が社会移動の大きな手段になれば良いのですが、問題もある。東大の学生の親の所得が一番高いというのは「ヤバい」です。私立の方が良い教育を提供しているというのは問題ですよ。これは親からの所得移転であり、日本である種の階層が固定化してきてしまいます。そうすると、アメリカで起こるようなことが起こる。で、僕ら日本人として、たとえば同じ日本人がその排斥運動をしているって、たぶん見ていられないですよ。きっとね。多様性をイノベーションにつなげていけるかどうかは、教育にかかています。

米倉:日本の自慢は、公立の学校システムがすごく良くて、お金がなくても偉くなれる、社会移動が可能だというところだったのですね。だから、公立学校の改革って本当に重要です。これはもうね、命を懸けてやらなければならないことで、やっぱり一番できる子が一番安くて一番いいシステムにいけるっていう風にしなくちゃいけないよね。

清水:米倉先生も海外が長かったですが、「日本のいいな!」ってありますか?

米倉:日本人の一人ひとりの優しさとか強さって、やっぱりちゃんと評価されるべきだと思う。例えば、今回の震災。ホームレスのおじさんが、3月11日に寒そうに駅で待っていた人に、「寒いから敷け」ってダンボールを持ってきてくれたって逸話があったけど、そんな国はたぶん日本しかないなと。大きな混乱になることなく、冷静だった。

米倉:だけど、そういう一人一人の優しさとか強さがあるのだけど、それが全体としての大きなパワーにならない。そこは問題だと思う。今若者たちは社会企業とかボランティアとか、すごく一生懸命なのです。だけど僕たち一緒にバングラデッシュに行ったときにね、日本からモノは持ってきて欲しくないと言われたのですよ。技術とナレッジを持ってきてほしいんだと。途上国に行くと、魚はもういいから魚の釣り方を教えてくれって言うのですよね。一人ひとりの力は強いのだから、あとは大きな構想力のようなものだよね。

清水:リーダーシップとか多様性のあり方のようなものは変わってきていますかね。

米倉:リーダーシップやロールモデルがもっと具体的になってくることが大切だと思う。例えば、今ではFacebookやTwitterとか、いろいろなメディアがある。
マスメディアだけの時代は完全に終わっているわけですよ。さっきも話に出たけど、ローソンの新浪さんのところには、震災の時に、現場から、「これ持ってきてくれ」とか「あれが足りない」とかいう情報がどんどんフランチャイズを通じて入ってくる。分権的なの。それで、地元のおじさんたちが「やっぱり自分たちが店を開けないと、この街はどうなっちゃうの」って言って、「店を開けたい」って伝えてくるの。本部は、「分かった。今からモノを送るから」って言うのだけど、運転手が嫌がるらしいんだ。被曝するかもしれないからって。そこで、社長が「じゃあ、俺が乗るから」って言うんだって。そう言われたらしょうがない。新浪さんを横に乗せて、最初の物資の輸送が再開したって。そういうリーダーシップとかやっぱりもっと知ってほしいよね。
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