以前、人事情報システム関係のコンサルティングに関わった際のことだ。人事担当者が大事そうに資料をファイルから取り出し、絶対に社外秘だという。コピーはもちろん、閲覧も部分的にしかさせられないという。まるで恋人からの手紙か恩師からの年賀状、はたまた大学から来た念願の合格通知書のように後生大事に取り扱っている。というのも、数千万円の対価を払ってそのリストを入手したもので、米国人事システムの究極の秘訣だと件の人事部長は力強く語った。数年前は、世に言う大企業の人事部長がこのようにコロリと騙されていたのだ。

 コンピテンシーが米国企業を救ったとかコンピテンシーのモデル化さえすれば、それで人材のパフォーマンスがよくなると考えている人がいる。しかし、そんな安直なソリューションはありえないし、欧米ではコンピテンシーという言葉さえ鬼門になっているくらいなのだ。少なくともそこに戦略的意味合いを込めることは1996年以降ほとんどない。

 今年2月、私はリクルートのワークス研究所の依頼で北米のコンピテンシーの識者を訪問しインタビューした。そこでの結論は、コンピテンシーについて日本の実務家におけるような過大な期待もなければ、日本の人事実務のように賃金や人事評価にコンピテンシーを関連付けた取り扱いにはなっていないということだった。にもかかわらず、日本ではコンピテンシーで人事制度がリニューアルされるという議論が執拗になされている。まず位置づけから間違っている。

 また職務ごとにコンピテンシーをモデル化すればそれだけで業績向上するという神話も跋扈している。しかし、誤解を恐れず指摘すれば、コンピテンシーのモデル化にはそれ自体ほとんど意味がない。莫大な費用をかけ、コンサルタントを雇って作り上げたコンピテンシー・モデルなるものは無用の長物であることがほとんどである。どうしてこんなことになるのか、どうすれば解決がつくのか。

 まず、ハイパフォーマーへのインタビューなどで作られるというが、作られているものはほぼ同じものだ。コンサルタント会社はすでに20−30ほどの自前リストを適当にアレンジして納品している。しかし、これは日本だけではなく、シャスター=ジングハイムの調査によると、コンピテンシーは8つほどの項目でどこも一致しているという。少なくともたいそうなインタビュー調査にはほとんど意味がない。コンサルタント会社から買ったリストに数千万円も払って買い取ることはほとんど何の意味もない。しかし、今でも多くのコンサルタント会社は、自社独自のリストに基づいて職務ごとに作り込みをすると、脂ぎった商売っ気をむき出しにして迫ってくる。

 また、コンピテンシーの用途である。日本ではコンピテンシーを職能資格制度行き詰まりの解決に位置付けようとしている。しかし、これがそもそもの誤りである。いわく、コンピテンシーを活用すれば、あいまいな評価が解消され、明確な人事評価が可能となるという。ところが、欧米ではコンピテンシーのあいまいさ、複雑さゆえに、業績評価で用いられることは皆無に近い。そればかりか、コンピテンシーによる評価は寛大化傾向を引き起こすので、本人の生み出した成果でこそ評価すべきだということが定説になっている。コンピテンシーと成果主義を関連付ける意見も日本にはあるが、その限りでナンセンスだ。そもそもコンピテンシーと成果主義は背反することだし、コンピテンシーを持っていても直ちに成果にはなるわけではない。

 またコンピテンシーと業績・成果の因果関係である。コンピテンシーは、既に高業績を上げている人の行動特性を記述したものである。しかし、そのような特性が本当に業績・成果の原因になっているのか、はっきりしない。高業績者にはいろいろな特性がありうるが、もしかすると、それは業績・成果を阻害するものさえ、ないとはいえないのだ。また、これと関連した問題として、コンピテンシーの測定可能性がある。列挙された要因が仮に意味あるものだとしても、それを効果的に測れるとは限らない。測れないものは先行指標にはなりえない。どうも屁理屈を言っているように思うかもしれない。具体的にソリューションされた事例で説明してみよう。
 
 ある派遣会社では業務効率を向上させるために登録者について「抑うつ性」を測定し、問題のある人材の派遣を極力控えることにした。たったそれだけで派遣効率が画期的に向上したという。つまり、抑うつ性は欠勤や離職などの原因となっているので、それを先行指標にすれば派遣労働者に由来する就業中断がなくなると考えたのだ。抑うつ性は質問紙票などの方法で割合簡単に測定できる。これを持続継続力とか出勤徹底力とコンピテンシー的に表現しても何の人事上のソリューションにはならない。

 実は、もう少し複数の要因特性を組み合わせれば、職務上のパフォーマンスがかなり向上することがAGPの研究調査で明らかになっている。例えば、保険会社の営業社員にいくつかの資質的な特性を考慮して採用を行なうと、平均的な売上が170%になったというのだ。

 なお、ここで注意したいのは、原因となる特性は行動特性ではなく、むしろ資質特性なのである。資質特性は心理測定の研究の中で発達してきた概念で、記述された行動ではない。それは原因になるもので、心理テストなどの方法でかなりの程度測定可能となっているのだ。これに対して、コンピテンシーは、結果であり、行動記述特性というものである。資質特性は、測定可能で、行動説明特性であるといえるだろう。
 
 コンピテンシーのモデル化によって職務の特性を明らかにすることには一定の意味がある。それによって成功している状態がイメージしやすくなる。しかし、それは測定可能な指標ではないので、実際のソリューションにはなりにくい。それを踏まえてモデル化することの限界を認識しないとなんの解決にもならない。

参考 ワークス研究所 ワークス4月号 
コンピテンシーとは、何だったのか?

http://www.works-i.com/flow/works/contents57.html



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