脱線現象は防衛によるもの


このような脱線現象は、人間の防衛機制が絡まったものです。防衛機制とは、欲求不満などによって適応が出来ない状態に陥った時に、不安が動機となって行われる再適応のメカニズムを指します。もともとはジークムント・フロイトの娘、アンナ・フロイトが幼児心理学の研究の中で言い出したものが、元になっているものです。多かれ少なかれ、このような防衛メカニズムは働きますが、働き方によっては不適応行動になってしまうこともあります。
【表 1 防衛機制の種類】
種 類 行 動
抑圧 不安のもとを無意識に圧迫し、パーソナリティの安定を得ようとする働きですが、強すぎると心の緊張をもたらし、不安定になります。「くさい物には蓋をしろ」的な働きで、くさいものがなくなるわけではありません。 昔、「ある特徴」のある人に嫌がらせの経験があった。それを忘れているけれど、なぜか「ある特徴」のある人が、理由もなく好きになれない。
反動形成 自分が非常に憎んでいる人に対し、かえって親切な言葉や丁寧な態度をとることがあります。抑圧するだけでは処理しがたい強力な嫌悪感や衝動を防衛するために、意識の上では正反対な傾向や態度を表すことです。 理由は分からないが、どうしてもうまがあわない後輩がいるが、その後輩にだけ丁寧に仕事を教えている
投射/投影 自分の弱点を他人の中に見出すことや、また、自分の責任を他に転嫁するといったようなことで、自分の抑圧された態度を認めることの不安を隠す働きをします。 クラスでとてもわがままな人がいて、とても嫌だ。でも実は、自分のわがままがその人に通じないだけであった。
退行 その年相応の時点で解決しにくい場合、幼児的な発達段階まで逆戻りして、解決する働き。 弟が生まれると今までしっかりしていた兄が、指しゃぶりやおねしょが始まる。
摂取/同一化 ある対象に向けている強い感情が動機となり、その価値的内容を自分の中に無意識的に取り入れ(摂取)、それと同一傾向を示す(同一化)ようになる働き。 人気のあるタレントの服装を真似たものが流行する。
否認 内外の客観的現実を無視することにより、意識にのぼらせないようにする働き。 子供がスーパーマンの真似をすることにより自分が無力であることを無視する。
置き換え、転移 内側の不安を外側のものに移す働き。 恋人からの贈り物を、失恋したら破棄するなどその贈り物にあたる
昇華 抑圧された原始的な本能衝動のエネルギーが本来の直接目標を離れ、社会的に容認され適応された行動に変わることで、防衛機制の中で唯一の好ましい働き。 日頃の鬱憤をスポーツや芸術を通し解消する。
合理化 自分が失敗をした時に、もっともらしい理屈を後付する働き。 試験で不合格になったとき、勉強不足だったとか、試験官がおかしいという。
【表 2 防衛機制と神経症】
種類 内容 病的
抑圧 自我にとって危機を招くような欲求(例えば攻撃的欲求や性的欲求)を無意識に押さえること。無意識のため我慢していると言う意識がない。コンプレックス。これがしこりとなって、神経症症状が出現する意識的に押さえる時は抑制と言い区別される
昇華 欲求を社会的文化的な仕事(学問、芸術、スポーツ)に移し替える健康的な防衛機制。中学・高校の部活動など
逃避 不安を避けようとする消極的な防衛機制。現実からの逃避、病への逃避など。学校に行きたくない子が朝になるとお腹が痛くなるようなこと、ヒステリーの身体症状出現の機制はこれによる。
退行 小児的態度を取るもの(指しゃぶりなど)は、逃避の中で特に退行と言う
置き換え

ある対象に向けられている欲求が自分に危険や不利益をもたらす恐れがあるとき、他の対象に置き換えて欲求を満たそうとすること。八つ当たり。要求水準を下げて満足する。妥協する。 ※代償形成象徴化

反動形成

受け入れられ難い欲求が強すぎると、抑圧・否定では不十分で、正反対の行動を取ることで不安から逃れようとするもの。ストーカーをするなど。

好きな子をいじめてしまう。

合理化 自分の失敗や好ましくない行為を(口実を見つけて自分の事を)正当化すること。言い訳(責任転嫁)すること。理由付けとも言う。心気症患者が器質的な疾患が有ると主張する機制。
補償 劣等意識を克服するため、それとは反対方向の価値を実現したり、弱点を克服すること
取りいれ

自分にとって好ましい人、理想とする人の特性を自分に取りいれて真似、欲求を満足させること。熱狂的なファンが、髪型や衣装を真似ること。 

※取りこみ同一化

投射

自分の弱点や認めがたい感情を他人から見出し、批難することで自己を防衛する。自分で嫌だと思っている性格を相手から見つけ批難すること。被害妄想の機制はこれが自分に向けなおされたものである。自分が持っている感情を相手が自分に向けていると考える。疑心暗鬼。自分の欠点弱点を相手も持っていると考える。 ※投影

分離 強い感情を伴った観念や行動から感情が切り離され、観念や行動が実感を伴わないものになること。強迫神経症の強迫観念や強迫行動がこれに当たる。
否認 受け入れたくない欲求、体験、現実を認めないこと。それを認めることで自己の統制が出来なくなるため。
打ち消し

不安を起こした行為をやりなおすことにより罪悪感から自己を守ろうとする機制。悪いことをしたと言う罪悪感を軽くするため、埋め合わせや償いをする。 ※取り消し復元

防衛機制に関わるエピソードで、私に依頼のあった案件に次のような実話があります。ある上場会社でリストラが計画され、2000名ほどの従業員を3割程度削減することになった。退職募集や早期退職の促進などが進められたが、予定の人数には至らず、もう少し強引な手法をとらざるを得なくなり、人事考課で評価の低い従業員に退職勧奨することにしたのである。この会社でも人事考課は実施されている。しかし、人事考課にも見誤りがあり、実際にはすごく優秀な人があまり評価されていなかったり、逆のケースもある。そうはいっても5段階の1はあまり見誤ることがないものだ。そこで、この会社では人事評価で1の評価を過去2年間、年2回の人事考課で4回とも1だった従業員を集めて研修することにした。もしかすると、人事考課で1でも有能な人がいるかもしれないし、そういう人まで退職勧奨することは問題があると考えられたからである。全国から50名ほどの人が適宜研修所に集まり、研修を受けることになったのです。

研修の内容は、グループ討議や案件処理、顧客面談演習などを通じて実務能力を測るものです。受講後は簡単な面談を行ない、各人から感想を聞くことにした。そこで、改めて確認できたことは、人事考課で1を受けている人はやはり実務能力が総じて低いことが確認されたことです。討議をさせても的外れな人が少なくないし、発言自体が少ない。案件処理に関しても中身の乏しい対応が多い。これは予測したとおりでした。ただし、例外も何人かいて、平均的に評価されている人以上に有能と思われる人も含まれていました。
それ以上に研修に当たった私が驚いたことは、彼らの自己評価です。各自に自分が職場でどのように評価されているかと尋ねたところ、次のような回答が返ってきました。

少なくとも並以上には評価されているし、上司の依頼事項をそれなりにこなしている。
上司は基本的に的外れな指示をすることが多く、フォローが大変。だが、それなりにはやっているし、今後も上司を支えていきたい。
私はかなり仕事ができる。上司も分かっているはずだが、もし分かっていないなら上司が無能。

このような回答が大変で、自分が並以下、それも最低の評価になっていると素直に認める人はいなかったのです。つまり、自己評価、自己イメージが周囲との大きく乖離していることが大きな特徴だったのです。

また将来に関して質問しても、管理職になれるだろうと思うなどかなり楽観的な回答が返ってきました。しかし、実際にはそのしばらく後には、退職勧奨が実施され、彼らの大半が社外に放出されたのです。

米国の産業・組織心理学の研究成果でも、高業績者は一般に自己評価がやや低めで、中程度か並以下の実在者は自己評価を高めにすることが報告されています。この点、AGP行動科学分析研究所が実施した調査分析をみても、高業績者よりも低業績者で自己評価は高く、少なくとも周囲との評価では低業績者群で自己評価が上回っていると数社の結果で明らかになりました。つまり、並以下の人材は自分のできていないことに十分な自覚がないのです。

防衛機制の考え方に従えば、低業績者は、言い訳めいた自分にだけ都合のよい論理で自己を正当化し、必ずしも自分の行動に問題があるとは考えていないということです。困った人は、現実の世界では適応していないわけですが、本人の目線に立てば、その事実をそのまま受け容れにくいでしょう。しかし、現実の世界に立脚しないと、気づきを生じることはなく、その人なりの成長の機会は得にくいです。気づきを与えるには、何らかのフィードバックが必要ですが、強行に進めても防衛機制がより強く働くだけで、効果的とはいえません。この点は十分に理解しておく必要があります。




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