能力開発A
前回、能力開発について新人教育の重要性や早期選抜が一部の企業で採用されていることを紹介した。今回はもう少しその点について詳しく解説していきたい。
先ず、新人教育では社会人としての基本動作もあるのだが、そんなことよりも重要なのは精神面だと思う。根性論とかを叫ぶつもりは毛頭ないが、組織に対する貢献意欲や会社との一体感を醸成することは重要だと思う。というのも、組織への貢献意欲、つまり組織コミットメントはその人のモチベーションに関わっており、業績にも関係しているからである。また会社との一体感がないと、定着化しないし、隅々まで仕事するという意識が起こってこない。産業・組織心理学では、こうしたかゆいところに手が届くような職務行動を取ることや、あまり評価されなくても進んで自主的に行なう行動のことを「組織市民行動」と呼んでいる。従来、日本企業ではこうした行動を取ることは当然視されていたが、近年では注目されるようになった。その背景には、各人が功利的になり過ぎて、組織全体の成果や会社としての責任ある行動を取らなくなったことがある。簡単に言えば、成果主義ですさんでしまい、協働的でなくなったことがある。このことは多くの識者がF社を例にして克明に描いているし、高橋伸夫(東大教授)も、年功的な処遇をして面白い仕事をさせることが動機付けになり、隅々に行きわたる行動を取ると指摘している。
次に早期選抜では、前項である企業を例として紹介したが、アセスメントの結果は漠然とした形でしか本人にはフィードバックされず、まさか期待度がほとんどゼロになっているとは本人には言わないようだ。つまり、日本の伝統的企業でも早期選抜をしてはきたが、その結果を本人に知らしめ、期待を失わせたまま推移するということはなかったということである。
実はアセスメントの結果をどう知らせるかは悩ましい問題で、特に結果がよくなかった場合は私のクライアントでも悩んでいる。ましてや、その評価の低い人が人事考課で高い評価を受けており、自信を持っている場合、モチベーションを下げてしまうことがあり、アセスメント研修を再受講する機会を作って、そこで丁寧にアドバイスをしながら、研修を運営していることにしている。これは突き詰めると、早期選抜はよいにしても、その人事管理運営を本人に知らせるべきかという問題に帰着する。
早期に選抜して本人を煽り過ぎると、本人が傲慢になり、おかしくなってしまうことがある。私のクライアントでも、業績さえ上げれば、入社10年もしないうちに役員処遇という会社がある。しかし、人間的度量がなくてつぶれてしまうこともあるし、奇妙に自信満々になり、円滑に仕事できないことがあった。それを聞いて私は若天狗ですね、と言ったことがあるが、その時に苦笑していた人事課長はストレスが過ぎたのか、入院し2年以上も休職してしまっている。この会社には人事部に人事権が一切なく、採用と給与計算だけをやっている。人材のハズレがあると、営業部門が人事担当に電話してきて、怒鳴り散らすという会社で、いい人材を採れ、とトップも採用媒体予算だけは毎年1億円以上使っていた。しかし、教育や育成には全く無関心だった。ちなみに、取扱商品は主に教育関係だった。
また管理職選抜も早期化してきており、従来38歳くらいで課長だったのを、3年以上前に前倒ししている会社も増えてきている。しかし、上記の会社と同じで、傲慢になって問題行動を起こすことが少なくない。そのような問題行動を取る現象を米国では career derailment と呼んでいるが、キャリア上の脱線という意味合いである。パワハラが近年問題になっているが、業績だけは上げるが、共感性の低い人材はパワハラ上司になりやすい。早期昇格によって自信を深め、確かに本人はアグレシッブで、やる気満々だが、その人から見れば、周囲の人間は無能に見えるし、低業績の人間を見ていると許せなくなる。その結果、怒鳴ったり、ねちねちと皮肉を言ったり、暴言を吐いたり、殴る寸前になっても、会社のためにやっていると自己を正当化する。しかし、相手になっているほうはたまらない。
さて、能力開発が可能かどうかだが、平たく言えば、能力要素(コンピテンシー)ごとに異なると言われている。ヒューマン・アセスメントには評価を行なうための評価観点があるが、それを一般には「行動ディメンション」という。15−18くらいが一般的だ。米国の関連文献を見ると、12くらいでやっている例も見られる。項目的にはほぼ同じである。このような行動ディメンションは基本的にコンピテンシーと同じと考えてほしい。というのも、コンピテンシーをそう深く考える仕来りは米国にはなく、能力項目の並んだものを各社ごとに整理して紹介したものを各コンサルタント会社がコンピテンシーと呼んでいるに過ぎないからである。
行動ディメンションで言えば、異論もあるが、開発難易度の高いもの、平均的なもの、低いものがあることが指摘されている。例えば、日本語にもなっているZwellのコンピテンシー文献を見ると、最初のほうに、この3つの分類が紹介されている。なお、日本語で読めるコンピテンシーの本としてはこのズウェルのものが一番よいと思う。私もコンピテンシーに関しては本を書いているが、初版で絶版になっており、国立国会図書館などに行かないと読むことができない。しかも、国会図書館は「永井隆雄」を「永井孝雄」と表記しており、検索がしにくくなっている。機会があれば、変更するように連絡したいが、気になっているものの、その機会を逸して3年以上になる(笑)。
開発難易度が高いかどうかは次のようになると思うが、実証されているわけではない。またズウェルもその根拠を、関連したセミナーで聞いたとかその程度の引用しかない。今後、いろいろな実在者を長年にわたって追いかけて確認していかないといけない。

《開発難易度が高いもの》
要点把握力(言い換えると国語力なので、社会人になってからでは無理) 
決断力(特に性格に起因するもの)
柔軟性(性格に起因していることが多いので困難)
ストレス耐性(一説によると、最も難しい)

《開発難易度が中程度のもの》
問題分析力(ある程度可能だが、理路整然としているかどうかは頭の良さでもあり、伸びにくいと思われる。ただし、洗練していくことは可能)
問題解決力(これを啓発するという本は多いが、この部分を伸ばすのは案外難しい。ただし、よい上司に恵まれて仕事の仕方を覚え、問題の捉え方を学んでいけば可能。) 
対人影響力(影が薄いかどうかなので、努力しても改善しにくいが、空気を読めるようになると、効果的な動きができるようになる)
対人感受性(性格に起因し、欠落している場合はNG。その企業の文化を学ぶことで場に即した行動を取りやすくなる)
能動性(バイタリティ:環境が変わってやる気が起きて元気になることがある。疲れきっている場合は性格なのでNG)
イニシアティブ(臆するかどうかも性格的なものだが、気構えである程度前傾姿勢は取れる)
自律一貫性(責務感と言い換えてもいいが、欠落している場合、それは性格的なものなので、開発は困難。中程度なら上げることは自覚次第で可能)

《開発難易度が低いもの》
計画組織力 
管理統制力(ただし、性格的にルーズな人はNG) 
説得・対話力 
コミュニケーション力(ただし、国語力の低さに起因する場合はNG)

アセスメントでフィードバックされたら、自分の能力要素ないし行動ディメンションのうち、どの部分から手をつけたらよいか、どこは短期で伸ばせるか、どこは中長期で取り組むか、どうやって伸ばしていくのか、自己点検することが必要である。私のクライアントでは、本人とその上司、それと人事担当という三者で結果を振り返り、1時間程度のミーティングを行なっている。反省モードにはなるが、実効性はどうなのか、着実にできるところから取り組んでほしいところである。


株式会社アイ・イーシー東京都千代田区飯田橋4-4-15All Rights Reserved by IEC