中国現地経営などに関する質疑応答
コラムを連載してきたが、編集部を通じて質問も舞い込んできた。できることなら1つ1つのテーマについて丁寧に答え、コラムを書きたいのだが、スペース的な制約もあり、質疑に応じていくという形式で対処したい。

Q1.中国における現地経営に関してどう思われますか?
私は2001年頃から中国に足を運ぶ機会を持った。それ以前は共産主義の国であり、現地での企業経営は困難を極めるだけではなく、何が起こるかわからないという不信感ばかりがあった。しかし、上海の光景を見てその偏見は一瞬にして払拭された。その後、中国人留学生を大学院で教える機会があり、彼らとの交流からこの5年ほど年に2回程度福建省に足を運んだ。地方公務員の暮らしぶり、仕事ぶりを見て、考えさせられることも多く、彼らの誠実さ、篤実さに触れられることは私には癒しになったほどだ。というのも、日本での人間関係はすさんでいて、冷たいし、特に関西はコンサルタントに対する評価も一般的に低く、業者扱いされることも多い。しかし、中国に行くと、大学講師をしている私の地位は高いし、敬意を持って受け容れられる。
私なりに親中派だという自負もあるし、何度も通っているうちに中国語もある程度話せるようになったが、投資誘致に関する彼らの考え方には納得できない部分が多い。彼らは外資というと、寄付をもらうような感覚があり、一旦受け取ったものは動かせなくなるという感覚がある。一方、日本人は貯蓄が好きだが、投資をする際にもリスクを嫌い、貯蓄以上のリターンがあることを期待する。しかし、こういう日中の感覚のギャップのために、投資案件は成功しにくい。中国側からすると、どんな投資も返さないわけなので、成功なのだが。
実を言うと、私は福建省の農業関係の官庁が開催する投資説明会でスピーチをしている。しかし、昨年はフランス、台湾以外の参加はなく、日本人はいなかった。正直なところ、そういう裏事情を知っているだけにホッとした。もちろん、日本人がいれば、その辺はフォローするつもりである。一言で言えば、中国投資要注意だ。
中国バブルはこの2年ほど前から懸念されてきたが、中国全体としては供給過剰になっている一方で、経済発展を求める地方都市が必要以上の供給設備を作ってしまう。これは、中国の中央政府が省を競わせたり、市をランキングしたりする過当競争の体質があるためである。中国の優れた仕組みである、経済特区も供給過多につながっている。よくいつまでも持つかという噂もあるが、一旦はバブル崩壊してしまう可能性が高い。どのような崩壊の仕方になるかは私も予測が付かないし、中央政府がどのようなバブル対策を打つか、蓋を開けてみないとわからない。とにかく要注意であることは事実だ。

Q2.中国以外のASEAN諸国に関してはどう思いますか?
私はタイにも何度か足を運んだが、中国よりも有望な気がする。治安もいいし、親日的だし、トヨタなどの自動車産業も積極的に進出しているようだ。人件費も割合安く、カントリーリスクも小さいのだろう。今後、成長していく国だと思う。マレーシアもタイに準じるのではないだろうか。ただし、マレーシアはイスラム教徒が多いので、宗教的な配慮が不可欠であろう。これに対して、インドネシアは治安も悪いし、政情も不安定なので、難しいと思う。
インドの発展に期待を寄せる人も多いが、私個人は疑問である。飛行機が来るのに半日待ったとか、時間意識があると思えないし、インドでは個人作業で産業が成り立つIT産業などの分野は成功しているが、チームワークを必要とする製造業は強くない。中国と異なり、内需が盛んというのは健全な経済発展の構造を持っているが、依然として文盲率も高いし、一気に経済発展が加速するとは思えない。しかし、成長率や成長幅ではそれなりの牽引力を持っているとは思う。対する日本はほとんどゼロ成長で、個人消費は横ばいか、むしろ下がっていると見られているからだ。
ASEANでの経営を考える場合、コンピテンシーとかそんなもので世界標準などと騒ぐのは誤りで、むしろ理解すべきことは宗教である。日本では人文系の教養を身に付けることへの評価は非常に低い。しかし、宗教や歴史を知ることは、現地経営において最も基本的なことである。

Q3.宗教というと、どういうことですか?
ユダヤ教を源流として、キリスト教が生まれ、さらに同じところからイスラム教が生まれたことを知っている人が意外に少ない。ユダヤ教ではもともとエジプトの奴隷だった人たちが何十年もかけて聖地に移動し、そこで、聖なるイスラエルとなるのだが、このことは出エジプト記に詳しいし、映画にもなっている。キリスト教は比較的身近だが、十字軍を中東に送って聖地奪還を目指したり、血生臭い歴史もあった。ドイツ30年戦争ではカソリックとプロテスタントに分かれて、激しく対立した。イスラム教は世界で最も普及した宗教で、アフリカ全域、アジアの一部に広く広がり、敬虔な信者を抱えている。しかし、宗派ごとの対立があり、そこに近代兵器が加わって、激しい攻防が繰り返され、そこに英米が適宜加担して戦争を拡げたりして今日に至っている。・・・こういう事情は何冊か新書などで是非とも勉強しておいてほしい。

Q4.目標管理をどうしたらいいですか?
人事部が主導する目標管理制度は必要ないと私は思います。理由は各人の記入負担が大きいことがあります。上司と部下の話し合いは必要ですが、一人一人の部下にそういう話し合いの機会を持つことは大変な負担ですし、あまり成功している例がないです。現場の上司がそういう目標設定のスキルをなかなか習得してくれないという問題もあります。どんな道具、ツールも身の丈に合ったものが意味を持ちます。ある階層についてのみ実施する、ある職種についてのみ人事考課制度と併用する、そういう使い方もあるでしょうね。
一方、事業部で行なう業務管理や成果管理などは必要なことでしょう。しかし、その場合、あまり個人単位に落とし込まないほうがよいと思います。理由は、そういう数値責任を気にして思い切った行動を取らなくなってしまう懸念があるからです。

Q5.コンピテンシーをどうすればいいですか?
実は担当者がA級戦犯のように言われて事業部に異動になった例をいくつか知っています。いずれもIT系の大手です。またいくつかの会社はコンピテンシー制度を全廃しています。仕方ない動きですね。
ただ、コンピテンシーが狙ったハイパフォーマーをどう採用し、どう育成し、どう処遇するかという視点はそれなりの意義があったと思います。採用は人事部がすることなので、事業部としては育成のためのツールにリニューアルしたらどうでしょうか。
行動評価尺度を入れることで、行動評価を行なうことが可能と思われます。実際の人事考課では、本人の強みと弱みを明らかにし、育成的なフィードバックを行なう一次評価、同一階層や職種を意識して適正な処遇に結びつける二次評価があると思います。本来、一次評価と二次評価は別途に行なうべきでしょう。一次は絶対評価になるでしょうし、二次は相対評価になるからです。強みと弱みがわかり、育成的なフィードバックができれば、A4で1枚とかA3で1枚という枠に囚われることもないですし、自由書式を基本にしてもよいと思います。実際、自由記述方式というやり方があります。相対評価では、階層、資格等級、在級年数、職種などを考慮し、グループ分けをして、その中で相対評価することになります。全部ひっくるめて相対評価をしている企業もありますが、それではうまく行かないです。

Q6.他に取り組むべき人事施策はありますか?
私が米国で流行っているのに、ほとんど注目されていない制度に、多面評価制度(360°フィードバック)、メンタリング、サクセッション・マネジメントなどがあります。
先ず、多面評価では、50−100程度の行動文例を質問文にして、上司、上司以外の上位者、本人、同僚、部下などの評価を実施し、周囲の評価を本人にフィードバックして、評価の食い違いを本人の能力開発課題にすることになります。手間をかけないためには質問文を絞り込んで、簡単なシステムにして導入し、そのデータを追跡しながら分析することです。私も多面評価のソフトを開発した経験あります。上司以外の評価があることや、本人に自己評価させる点がなかなか受け容れられていません。しかし、米国では90年代、万能ツールとしてもてはやされたということだけは紹介しておきたい。
次にメンタリングだが、どんなものかはサーフィンすれば解りますので、簡単に述べますが、入社して5年くらい経過してこれから管理職に登用する候補について数人で実施します。メンタリングというと、誰でも受けられて、中にはメンタルに問題にある人についてそれを救うものも含んでメンターと思っている人もいますが、間違いであす。それなりに選ばれた人を対象にして、その人の上司よりも1階級以上上の管理者が時間を割いて話し合いに臨むのだから、誰でも受けられるというのは難しい。
サクセッション・マネジメントでは、次世代のリーダーを計画的に育成していくことになるが、日本では卒業方式で昇格を考えており、次のリーダーを育成する視点が欠けていることが多い。ある階層で実績を上げていれば、そのまま昇格し、次のポストの就けるという発想が強い。しかし、実績を上げても次の段階で活躍する保証はない。実績を上げていて本人に帰属させられるというだけなら、賞与などで処遇すればいいことである。むしろ次の段階における期待基準から下の階層を評価し、適当な人材を早めに人選し、プーリングして、彼らに適切な職務経験を積ませたり、足りない部分をフィードバック面接で育成したりすることが必要である。日本企業はたまたま業績の上がった地点に居合わせたような人の処遇には熱心だが、それが実力かどうかを考えてみる余裕が少ないような気がします。


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