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第16回:パラダイム・チェンジって何なのか むやみやたらに変えられない
 「パラダイム・チェンジ」は「イノベーション」とともにかなりのバズ・ワードになっています。でも、「パラダイムって何?」と考えると結構難しい。

会社のパラダイムとは何でしょう。生産方式?暗黙知?ビジネス・モデル?それじゃあ、産業のパラダイムとは何?国の経済のパラダイムとは?パラダイムの変化が求められているわりには、そもそも「パラダイム」って何のことなのかについての共通の理解はなさそうです。

 そこで、今月は「パラダイムとは何なのか」「どうやってパラダイム・チェンジは起こるのか」について考える上で必読の書の紹介です。僕は大学院生として日本、アメリカ、イギリスの3つの国で大学に行きました。その3つの大学で共通にリーディングとしてアサインされた唯一の本がトーマス・クーンの『科学革命の構造』でした。

▲トーマス・クーン
『科学革命の構造』
(中山茂訳)
 この『科学革命の構造』こそパラダイムという概念を大きく打ち出した最初の書です。クーンはもともと物理学者。そこから科学史の研究へと転じました。この『科学革命の構造』は1962年にアメリカで出版され、いまでも分野や国を超えて読み続けられています。

 この本はそのタイトルにあるように「科学はどのように発展するか」という素朴な疑問からスタートしています。クーンによれば、科学というのはあるパターンを経て展開します。彼は、科学者たちが一定期間、同じ規則や基準、前提を共有し、研究を進めていくフェーズを「通常科学」と呼びました。ここでは、研究の精密さは高まり、研究は粛々と進められていく。この規則や基準、前提といった研究者の問い方や答え方の共有こそが「パラダイム」なのです。

ところが、ある時、「変則性」が見つかることがあります。時には無視されることもあるのですが、科学者たちはこの変則性を処理しようといろいろな説明を試みます。しかし、どうしてもこの問題が解決できないこともある。その場合、既存のパラダイムは危機に陥ります。科学者たちは混乱する。さまざまな新理論が事態の収拾のために出されます。

理論の乱立から徐々に、ある新しい理論が多くの支持を受け、共有されるようになります。これこそまさに、パラダイムの変更なのです。パラダイムが変革されるとデータの操作や測定の方法といった基準や前提が変わり、見えてくるものが大きく変わってきます。そして再び、新しいパラダイムの下で「通常科学」のフェーズが始まるのです。

 この『科学革命の構造』は大きな論争を呼びました。まず、パラダイムという概念が新しかった。新しかったが故に、定義的には曖昧なところがあり、大きな論争となりました。また、クーンは、実験の積み重ねによって真理に近づいていくという素朴な科学の進歩感を大きく否定したわけです。実はものすごく当たり前に見えることでも、それはあるパラダイムの下で当たり前に思えるだけであって、パラダイムが変わってしまえば、全然当たり前なんかじゃない。科学の進歩は、実は相対的だというわけです。これは大きなショックでした。

▲冬のそらは本当にきれいです。ちょっと木は寂しいかな。でも、暖かくなるのをじっと待ってるんですよね。
 『科学革命の構造』はあくまでも科学におけるパラダイムの変更を論じたものですが、企業や産業のダイナミックスを考える上でも大きなインプリケーションを持っています。例えば、あるパラダイムを精緻化していくことこそが、「変則性」の発見へとつながるわけです。つまり、パラダイムを変えようとしてばかりいてはダメなわけです。既存のパラダイムをしっかりと精緻化させていくことによってこそ、何が問題なのかが明確になる。問題の所在があやふやなままパラダイムの変更のみをしようとするのは上手くいかない。

『科学革命の構造』の論理は明快で、読みやすい(実は英語の原書も読みやすい)。「イノベーション」や「パラダイム・チェンジ」がバズ・ワードになっている今、パラダイムとは何なのか、その変革はどのように起こるのかなどをもう一度じっくりと考える時、クーンの『科学革命の構造』はお勧めです!

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