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第17回:「現実」の創られ方とリスク・マネジメント
 トヨタが揺れています。ブレーキの不具合や情報隠し疑惑だけでなく、エンジンの電子制御が原因とされる急加速問題などもでてきています。アメリカのFox NewsやCNNでは公聴会でのレクサスの急発進を涙ながらに訴えるスミスさんの映像が繰り返し流されました。トヨタ社長の会見に対するABCの評価はかなりヒドイものでした。日本での中国の毒入り餃子報道を見ているかのようです。

 日本での報道は全く違います。トヨタに対する批判は少なく、アメリカと比較すると報道での扱いもそれほど大きくない。トヨタは、日本を代表する企業であり、関連する企業・
▲河津に桜を見に行ってきました。
一足先に春気分で良かったです。
産業の裾野は広い。さらに大きな広告主のトヨタに対して擁護的になる。イギリスのBBCやカタールのアルジャジーラなどはわりと冷静で、アメリカでの報道を保護主義的であると批判しているものもあるくらいです。

このような報道の違いはトヨタの問題に限らず、常にあります。利害が異なれば、モノゴトに対する解釈や意味づけが違うのは当たり前です。そもそも世の中の事象は複雑で多義的です。それぞれの利害やモノの見方に基づいて、多義的な事象の一部を解釈するわけです。

「共通の歴史認識」という言葉があります。「共通の歴史認識を確立することが大切」などと言われますが、これが成立するのはある国が完全に他国を(政治的、経済的、文化的、ときには軍事的に)支配したときにのみです。報道の違いは社会の多様性を反映しており、それ自体は決して不健全なことではありません。

ただし、どの「解釈」がリアルなのかをめぐって常にせめぎ合いがあるのです。1人で勝手に信じているものはあくまで「妄想」の域をでませんが、それを3億人のアメリカ人が信じればそれが「客観的事実」になるのです。少なくともアメリカでは。いかにマジョリティを獲得するかが重要になり、そこにせめぎ合いがあるのです。「現実」の奪い合いです。

 今回のトヨタのケースのようなリスク・マネジメントが問われる場合、企業にとって重要なのはどのような「現実」を獲得するかです。

リスク・マネジメントの成功例として良く引用されるのが、ジョンソン・エンド・ジョンソンのタイレノール事件です。タイレノールはジョンソン・エンド・ジョンソンの解熱鎮痛剤で、アメリカで広範に消費されていました。そのタイレノールに、1982年にシアン化合物が混入している疑いがかかったのです。合計7名が死亡しました。これに対してジョンソン・エンド・ジョンソンは、タイレノールを全品回収するとともに、タイレノールは飲まないようにというアナウンスメントを即座に行ったのです。テレビやラジオ、新聞などのメディアに全面広告を出しまくったのです。まだ、タイレノールとシアン化合物の関係が明らかになる前の行動でした。この対応は、好ましい「現実」獲得のためのパブリック・リレーションの戦略に基づくものでした。

 結局、死亡原因とタイレノールとの間の関係は分からないままだったのですが、ジョンソン・エンド・ジョンソンは、「あの会社は信頼できる」という「現実」を創り上げることに成功したのです。多くの人が「あの会社は信頼できない」という解釈を共有する前に、「信頼できる」という解釈を構築したのです。自社にとって長期的に大切な「現実」を獲得するためには、最初の一歩が重要だったわけです。

 今回のような事件は、社会にできあがった「解釈」を揺るがすものです。ただし、「解釈」を変革するには大きなチャンスです。一旦ある解釈が固定化してしまうとそれを変えるのは難しい。「成長を追い求め、アメリカから雇用を奪ったアジアの自動車メーカー」を超えて、「信頼できるグローバル・パートナー」に解釈を変革する余地はまだ十分にあります。
▲河津から下田まで下って、
吉田松陰が黒船への乗り込みを企てた弁天島まで行ってきました。
 ハイブリッドから次世代自動車へと大きな技術の転換が進むとともに、自動車のコンセプトも大きく変わってきます。その中で、トヨタの果たしうる役割は大きい。パブリック・リレーションのあり方、リスク・マネジメントといった点から、トヨタのこれから注目です。(でも、Trust Me、あるいはBelieve Meを連発するリーダーばかりなのはちょっと心配ですが。)


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