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第18回:オープン・イノベーション
 今月は最近注目されるようになってきた「オープン・イノベーション」についてお送りします。「オープン・イノベーション」と対照的なイノベーションを生み出すためのパターンは、「垂直統合型モデル」と言われています。これでは分かりにくいので、少し歴史を見てみましょう。

 第1次世界大戦以降、「ビック・ビジネス」の時代がやってきました。企業は垂直統合の程度を高め、大量生産を開始し、マスマーケットを開拓していったのです。その中で、デュポンなどの化学メーカーは中央研究所を設立し、巨額の投資を行い、新製品開発を始めたのです。IBMのワトソン研究所やベル研究所、ゼロックスのパラアルト研究所などに続いて、日本の大企業もぞくぞくと中央研究所をつくっていきました。企業がいわゆる“ビック・サイエンス”に乗り出したのです。これが「垂直統合型モデル」です。製品開発から製造、あるいは販売まですべて自社の経営資源でイノベーションを起こしていくモデルです。

 このインパクトはかなり大きいものでした。それまで発明家の個人的なアイディアや発想がもとになっていたイノベーションが、組織の力として生み出されるようになったわけです。マネジメントの必要性が高まり、マネジメントスクールが大学に設立されてきたのもこのためです。

 しかし、1980年代のアメリカから徐々に変化が現れてきました。技術が高度に複雑化し、製品開発の不確実性も増した結果、自社で全ての研究開発を行うことが難しくなってきたのです。新製品開発を自社のみで行い、イノベーティブな製品を開発するのにはコストがかなりかかるようになってきました。しかも需要も不確実なため、大きな投資をしたとしてもそれを回収できるかどうかは分からないのです。

 そのため、企業は製品開発を垂直統合によって自社でまかなうのではなく、大学や国の研究機関、他の企業とのコラボレーションを模索するようになってきたのです。いくつかの組織が集まって共同で研究開発を進めるコンソーシアムや、大学との共同研究、企業と企業のコラボレーションなど製品開発において多様な形態が見られるようになりました。アメリカの企業は、イノベーションに必要な外部にある技術や知識などを積極的に活用するようになってきているのです。大学も積極的に特許を取得するようになっています。それをもとに高い技術力をもった企業はコラボレーションし、イノベーションを創り上げています。

 これだけではまだオープン・イノベーションとしては十分ではありません。他の組織で創られた技術や知識を戦略的に活用し、自社の競争優位を構築する企業が出てきたのです。社外にある資源を活用すれば全てオープン・イノベーションだというわけではないのです。最も大切なのは、ビジネス・モデルです。例えば、オープン・ソースのリナックスの開発には多くのプログラマーがオープンに関わっていますが、そこに明確なビジネス・モデルがあるわけではありません。オープン・ソースのソフトウェア開発の全てがオープン・イノベーションであるとは限らないのです。ビジネス・モデルのある良い例は、アップルのiPhoneです。プラットフォームを提供し、それに対してはどこから誰でもアプリケーションを提供できるようにしているのです。インテルもパソコンのプラットフォームの供給によって、様々な組織から多くのイノベーションを引き出した良い例でしょう。

また、大学や他の企業で生まれたイノベーションの種を自社に取り込むだけでなく、自社で活用されずに埋もれているイノベーションの種があれば、積極的に社外で活用できるようにスピンオフさせていくようになってきています。社内ベンチャーはまさにこのオープン・イノベーションを促進させるものです。社内ベンチャーを戦略的に使うことによって、社内の学習を高められるだけでなく、補完的な新規事業を立ち上げることもできるのです。そして、社内で埋もれている重要な知識や技術が外にでることによって、ネットワークができます。イノベーションの種がネットワークによってどんどんつながりだしています。そのスピードはものすごく早い。

 オープン・イノベーションは、日本企業ではなかなか進んでいないと言われています。ただし、他の組織とのコラボレーションは実は日本企業は昔から強い分野なのです。世界的にも広く知られているトヨタの生産システムに代表される“ケイレツ”は、まさに他の企業とのコラボレーションです。長期的な相対取引に基づく技術の「擦り合わせ」は日本企業のモノづくりの競争力の大きな源になっていました。現在でも、長期的な取引関係を基礎としたコラボレーションは少なくありません。例えば、ユニクロと東レのコラボレーションによるヒートテックは大成功を収めています。東レはボーイングとも長期的な関係を構築し、現在では炭素繊維を次世代の787に供給しています。

 もちろん、最近注目を集めているオープン・イノベーションは、長期相対取引を基礎とした日本企業のコラボレーションの仕方とは少し性質が異なります。日本企業が得意としてきた同じ相手との長期的な関係の構築は、その他の相手に対してはある種の排他性を持つことになります。ケイレツにしても、財閥グループにしても、かつてのNTTファミリーにしてもある種の排他性があったわけです。オープン・イノベーションは、基本的にはこのような排他性は想定しておらず、よりオープンなパートナーの選択を前提としています。

日本企業は、お得意様にたいして徹底的に製品を作り込むのは得意中の得意です。しかし、あまりに作り込みすぎるために汎用性がなくなってしまうのです。お得意様がこけると、自分までこけてしまうという構造に陥りがちだったのです。

オープン・イノベーションはこの弱点を補うために重要な役割を担う可能性があります。長期的な関係に基づく信頼などよりも、市場の取引を通じたオープンな取引に日本企業が今すぐに移行するのは現実的ではないかもしれません。また、日本企業の元来の強みが失われてしまっては問題です。それでも、日本企業がこれまでほとんど着目してこなかったオープン・イノベーションは大きな可能性も持っています。これまでの垂直統合型モデルでは活用されることなく埋もれていた知識や技術を活用できるわけです。そこで重要なのはビジネス・モデルです。上手くオープン・イノベーションのモデルを作ることで、お得意様と深くつきあいながら、他の組織とも協力していくような日本版「オープン・イノベーション」の仕組みが構築できれば、日本企業にとっては大きな強みを発揮できるエリアなのです。


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