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創考喜楽

vol.5 海外拠点での「低離職率」は好ましいことか?

COLUMN

日本企業の海外拠点で「日本と違って離職者が多くて困ってるんです・・・」という日本人経営層の声をよく聞きます。具体的には、入社後2年~3年仕事をしてようやく育ち、将来を期待できそうだなと思った人材が辞めていくことが起きているのです。ポテンシャルが高そうな人材が「数年で」辞めていくことは企業にとって好ましいことではありません。

 

一方で、「進出以来10年経ち離職者が減ってやっと落ち着いてきたんです・・・」と胸をなでおろしている経営層の日本人もいます。日本の企業社会では、終身雇用的慣行が形を変えながらも大企業を中心に未だ根強く定着し、「離職率が高いことが悪く、離職率が低いことが良い」という固定観念があることから、この日本的感覚でホッとしているようです。

 

この経営層の日本人に「離職率が減ってきたようですが、それでも辞めている少数の人はどんな人ですか?」と聞くと、「数は少ないけど、実は優秀だなと感じている人材なんです・・・」という歯切れの悪い返事です。
「定着している人材の中で辞めてもらってもいいと感じている人はいますか?」
「はい・・・そう言われれば確かにそこそこの数いますね・・・、でも、私も他の日本人駐在員もそうですが、社員を辞めさせることを日本で経験したことがないので、なかなか難しくて・・・新陳代謝はやっぱり必要だと思うんですけどね・・・」
「この点、日本本社から何かアドバイスはありますか?」
「はっきりとしたことはありませんが、離職率が高かった頃は本社の役員はあまりいい顔をしていなかったですね・・・何かマネジメントに問題があるのでは?というようなチクッとした言葉を何度かもらいました・・・。最近、ある日本人が部下(=現地人材)の行動がひどいので辞めさせようとしたら、その部下が本社にメールを送って上司の行動を批判したんです。すると、本社の役員が出張してきて、彼が注意されたんですよ・・・結局、辞めさせることもできなかったみたいです・・・」

 

海外拠点において「日本の常識的感覚」から離職率が上がることを怖れる日本人は案外多いです。拠点の立ち上げ時期は様々な混乱を伴いますので、立ち上げ自体が優先されて離職率はあまり目立たないのですが、会社の歴史が長くなり、規模が拡大していくにつれ、離職率の高低が本社からも着目されるようになるのが一般的です。他方、終身雇用的慣行のない海外拠点で、経済合理性の高い経営と人事マネジメントを思い切って実行しようとしたら、本社経営層から「睨まれてしまう」ので、不本意ながら行動を起こさず“静かに”している(本来優秀な)日本人も少なからずいるのです。

 

実際のところ、ポテンシャルが高い人材が辞め、ポテンシャルが低い人材が滞留している日本企業の海外拠点は案外多いです。にわとりが先か卵が先かの話しですが、ポテンシャルの低い人材が滞留している状態を容認している組織をポテンシャルの高い人材が敬遠し離れていっているのが実情だと思います。

 

終身雇用的慣行がない諸外国では、全社的な離職率の高低でマネジメントの質を判断することは適切ではありません。日本と違って経済合理性を追求できるマネジメント環境の下では、「ポテンシャルが高く辞めてもらいたくない人材が5年から10年定着し、ポテンシャルが低い人材が滞留せず退職し、人材の新陳代謝が適度に起きている」状態が好ましいのです。そして、海外拠点の日本人マネジメントがこの状態を実現するための打ち手を考え実行することが重要になるのです。

 

終身雇用的慣行を前提とした「日本の常識的感覚」で低離職率の状態にこだわりすぎると、経営効率を低下させるだけでなく、組織体質の「ぬるま湯化」を招き、次の経営陣に負の遺産を引き継いでいくことになってしまうのです。

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