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vol.7 海外でも「異動」は あたりまえなのか?

COLUMN

日本の会社では通常、定期あるいは不定期の異動発令があります。この異動オペレーションは誰も不思議に感じないほどあたりまえのこととして粛々と行われています。しかも、会社の意思で実行されています。したがって、異動先は、社員にとって必ずしも移りたい職場、職種、関連会社、国とは限りません。しかし興味深いのは、社員は自分の意に反する異動であってもほとんどの場合、辞令を受け取ってしまうのです。

 

このような社員の無意識の行動には、日本企業ならではの根本的な背景があるのです。それは、終身雇用的慣行の下で「就社」している社員と会社の間の“黙示的な”ギブ・アンド・テイクの構造です。具体的には、社員は会社から「雇用の保障」をギブされ、その対価として、「長期貢献」と「辛抱」を会社にギブするという構造です。この構造の下で働く社員が辞令を固辞するということは、そもそも会社から求められ、しかも、自分が承知しているはずの「辛抱」を放棄することを意味し、会社とのギブ・アンド・テイクの構造を崩すことになるのです。したがって通常、「就社」すると周囲の数々の「異動事実」を目にし、徐々に「辞令を固辞することは良くない」という考え方が刷り込まれ、気がつくと無意識のうちに、異動発令をあたりまえの“行事”という感覚で受け止めてしまうのです。その結果、「異動先に関わらず、その場その場で新しい自分を見つけて、自分の幅を広げなさい!」というセリフがもっともらしい響きとして聞こえ、違和感なくそれをあたりまえのこととして受け入れてしまうことになるのです。

 

海外でこのような「理屈」と「感覚」は一般的なのでしょうか?
答えはNOです。したがって、このような「理屈」と「感覚」を海外に持ち込んで現地人材をマネージしようとすると、大きなリスクを抱えることになるのです。

 

終身雇用的慣行がない社会では、外国人は文字通り「就職」し、労働契約書をとおして、日本とは全く異なるギブ・アンド・テイクの関係を会社との間で築きます。具体的には、社員は会社から「役職とそれに相応しい報酬」をギブされ、その対価として、「相応しい成果」をギブするという構造です。海外におけるこの一般的な構造の中では、社員にとって会社は、社員の「やりたい仕事」ができるひとつの「場」にしかすぎないということです。さらに、会社の意思で仕事や職場を決められることに対してそもそも「辛抱」は求められていませんし、社員がそれを承知した上で就職しているのでもないのです。

 

「やりたい仕事」ができなくなる、あるいは、「やりたい職」がなくなれば、「やりたい仕事」「やりたい職」を変えずに、それができる「場所」を変えるのです。このような性質の行動を日本語では「転職」、英語では「Job Hopping」と表記します。一方、「やりたい仕事」や「やりたい職」を変えてでも別の組織への所属を優先する行動は「転職」ではなく「転社」であり、「Company Hopping」という表記が適切なのです。

 

海外拠点において、「貴方には会社の中のいろんな仕事を覚えてほしいので別の部門に異動してもらいます」という終身雇用的慣行を前提とした日本的感覚の表現は、類似性の高い仕事への異動を除くほとんどの場合、社内「転職」を意味しますので、現地人材にとって理解すること自体大変難しいのです。日本人駐在員の多くがこのような表現を無意識に使ってしまう背景にある現実は、異動発令の対象である現地人材のパフォーマンスが悪いため、別の部門に移すといういわゆる「玉突き異動」です。このようなケースでは、「異動」という姑息な手段よりも、正面から向き合って「評価が低い理由」を基準に照らして明確に説明し、段階を踏んで退職勧奨する行動の方が現地人材にはわかりやすいのです。

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