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創考喜楽

先人の知恵を拝借 故事百選 坂本宇一郎 著

一所懸命

 

あることに賭けて、命がけで働き努力することです。似た言葉である「一生懸命」はこれを誤用したものです。現在では同じように使われていますが、こちらは自分の生涯をかけて一筋に生きることを指します。

 この熟語は中世の武士の生活について語られたことが、現在まで伝えられ残ったものです。

 歴史を見ても分るように中央政権が強力なときは、役人は官僚制度により任命させられるのが常であり、一定の場所に住むのではなく、任務が終れば土地を離れ、家屋敷も移動しました。

 しかし、中世に武家が勃興し、土地や家人の所属がその土地の統領に移ってからは、自分の固有の居住領地が形成されて行きました。そして、それを温存し、死守するという考えが生れたのです。つまり、土地に住む農民ともども「一個所に命を懸け」なければならなくなったのでした。

 

 このことから「一所懸命」という言葉が生れたのですが、やがて由来が人々の頭から忘れさられて行くにつれて、「一生懸命」というように誤用され、それが現在では用語として許容されるようになりました。

 

 現代のサラリーマンは「一所懸命」ではなく、初め就職した全社から一定の時期にスピンアウトして自分で会社を創設したり、別の会社に移転したりすることが通常おこなわれるようになりました。

 また雇用した会社側も急激に変動する経済情勢についていけず、終身雇用制度を維持できなくなり、リストラに追い込まれて、「一所懸命の社員」を養っていけない状態が多数みられます。

 つまり、人生に亘って「一生懸命」に企業に忠節をつくした人びとも、その考え方を切り替えなくてはならない時代になったのです。 勤勉さは美徳であり、与えられた仕事に精をだしていくのが最高の生き甲斐という価値感が、根底から揺るがせられるようになりました。

 

 現在では、与えられた仕事に執着することではなく、新しい分野で新しい仕事を求めることが必要な時代になったのです。新規事業にチャレンジしていくことは、中小企業やベンチャー・ビジネスに必要であるばかりでなく、その規模や従来の実績によらず、むしろ大企業に籍をおくビジネスマンにも必要な徳目となってきたのです。

 また「一所懸命」は、命がけで一途に賭けていく姿勢が示されていますが、一つのことに将来をかけることは、リスクも大きく問題も多いのです。

 もちろん、愛社精神が必要ないと述べているのではありません。自分の属する組織を伸ばすためにも、社を離れて見るということが大切になってきたということです。