「寿限無寿限無、五劫の擦り切れ 海砂利水魚の水行末 雲来末 風来末 食う寝る処に住む処 藪ら柑子の藪柑子 パイポ パイポ パイポのシューリガンシューリガンのグーリンダイグーリダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助くん」といえば落語の「寿限無」という噺で語られる日本で最も長い名前です。さて、この中に登場する五劫の「劫(こう)」とは仏教用語の時間を表す単位であるのをご存知でしょうか?「劫」は一つの宇宙が始まり終わるまでの長さ、つまりは永遠にも感じられるほど長い時間を表しています。「劫」の長さを表現する逸話がいくつか残っており、その一つに「1辺2000kmの岩を100年に一度、布でなで、岩がすり減って完全になくなっても劫に満たない」というものがあります。

 

このように世界には様々な巨大な数や単位が存在します。日本で一般に知られている最も大きな単位は「無量大数」で、1無量大数の大きさは10の68乗、実際に書いてみると100000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000というとてつもない数になります。また英語にはvigintlillionという10の63乗を表す単位があります。さらに最近になって生まれた単位ですが、みなさんご存知のアメリカの大企業Googleの由来にもなったと言われるgoogolという単位は10の100乗を表します。

 

世界中の富を全て集めても約18京円と言われていますから、そんな大きな単位をどんなときに使うのか?と疑問に思う人もいるかもしれません。その疑問に対する一つの答えは宇宙の原子数です。宇宙に存在する原子の数はおよそ10の80乗個と言われています。仮に物質の最小単位を原子とするならば(実際には素粒子と呼ばれる原子より小さなものがありますが)、物の数を数えるときは原理的に原子の数より大きな数を数えることはありえませんので、10の80乗以上の数は必要ないことになります。ゆえに物質世界においては無量大数の使い道はあるものの、googolは蛇足ということになるでしょう。

 

しかし世の中には無量大数やgoogolですら比較にならないとんでもない単位が存在します。その一つが仏教経典の一つである華厳経の中に登場する「不可説不可説転(ふかせつふかせつてん)」です。その数の大きさはなんと驚くなかれ、10の372183838819776444413065976878496481295乗(約37燗乗)です。宇宙の原子数よりも大きいgoogolですら10の100乗ですから、その数がいかに桁外れかおわかりになるでしょう。

 

実際に書いてみると・・と言いたいところですが、残念ながら世界中の人(75億人)が協力して、宇宙の始まりから現代まで(約138億年)に1秒に1個ずつ0を書き続けても全く足りませんので、10進法で記述することは事実上不可能です。一体何のためにこんな数をつくろうと思ったのか?

 

もちろん数は概念としては無限に存在しますので、巨大な数や単位は作ろうと思えばいくらでも作れます。その意味においていくら巨大な数であっても、そこに存在意義がなければ無用の長物です。

 

しかし数学の世界には実際に数学の証明に使われた不可説不可説転をも超える数字が存在します。その名も「グラハム数」。不可説不可説転と決定的に異なるのは、それが単なる創作物ではなく、実際の証明の中で必然的に生まれたものということです。つまりそこには一定の存在意義があります。実際グラハム数は数学の証明に使われた最も巨大な数としてギネスブックにも認められています。

 

グラハム数はグラハムの定理の証明の中に登場します。グラハムの定理とは「n次元超立方体の2のn乗個の頂点のそれぞれを互いに全て線を結ぶ。次に2つの色を用いて、連結した線をいずれかの色に塗り分ける。このときnが十分に大きければ、どんな塗り方をしても、同一平面上にある四点でそれらを結ぶ線が全て同一の色であるものが存在する」というものです。ここで「nが十分に大きければ」とありますが、では実際にどれくらいnが大きければいいのか?その大きさについては未だはっきりとわかっていませんが、少なくともある数以上のnで成立することをグラハムが証明しました。そしてそのある数がグラハム数なのです。

 

グラハム数についてはもはや指数表記ですら表現が難しいため「クヌースの矢印表記」という特殊な表記法が使われます(例:3↑↑3=76255974849877)。無限を扱う数学の世界には物理も宗教も超えた現実離れした数が存在するのです。まったくとんでもない世界ですね。

 

さすがにこれ以上はないだろうと思ったあなた。しかししかし、なんとなんと、数学にはこのグラハム数すら超えてしまうサブキュービックグラフ数という・・・え?もういいって?

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