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第11回:
ウィンブルドン化か
ジーザス・キャンプの世界なのか
▲ルクセンブルグに行ってきました。
城壁があり、その中に図書館や教会、森や川があったりと、まるで村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』にでてくるような世界でした。
▲同僚のアルベルトとテニスです。
なぜか僕のデパートメントにはイタリア人が多くいます。彼もイタリアン。
*ジーザス・キャンプ(Jesus Camp):
Jesus Campは2006年に作られたドキュメンタリー映画です。アメリカやイギリスでは、夏休みになると子どもたちはキャンプに行きます。自然と触れ合ういわゆる林間学校のようなキャンプから、テニス・キャンプやサッカー・キャンプ、夏期講習のような勉強漬けのキャンプまで様々です。夏休みは長いですから数週間キャンプに行ってもらえると親も助かるわけです。
 そんなキャンプの一つとしてジーザス・キャンプがあります。そこでは子どもたちに徹底的にキリスト教右派の考え方を叩き込むのです。中絶禁止、同性愛者の権利向上反対、進化論はデタラメなどなど。キリストを歌ったクリスチャン・ラップやクリスチャン・ヘビメタを聞きながら踊ったりも。徹底的な洗脳で、子どもたちを、敵との戦いに自らの命を進んで差し出す兵士にしていくのです。科学的な知識や思考を停止させるいわばアンチ・インテレクチュアリズムです。Jesus CampはDVDになっており、アマゾンなどでも買えるようです。興味のある方はぜひ!ついでにPoor White Trashもぜひ。こっちはコメディ。両方とも日本語字幕はないようですが、見ているだけでも分かります。
 自民党が6月、今後50年で1000万人の移民を受け入れる提言を発表しました。労働力を増やして経済を活性化させようということです。

 日本の労働人口は減り続けています。また、アメリカやイギリス、フランスに代表されるように、先進国の多くは移民を受け入れています。ヨーロッパの場合は旧宗主国としての歴史的な経緯もあります。もしも北朝鮮が多くの難民を出すような形で崩壊した場合には、日本も受け入れないといけないかもしれません。

移民の問題は社会にものすごく大きなインパクトを与えるものです。アメリカでは、現在、いろいろな国の移民が生活しています。多様性がイノベーションを生み出し、アメリカの経済の活力の下地となってきました。ハイテク産業が多く生まれてきたシリコンバレーでは、移民してきたエンジニアの役割は少なくありません。一方で、ロドニーキング事件とハーリンズ事件からロサンジェルス暴動へと繋がるような人種間の対立も根深く残っています。

 日本でも移民の受け入れに関しては、生活習慣の違いや治安悪化の懸念などが挙げられています。確かに生活習慣が違うわけですから、摩擦は起こってくるでしょう。酔っ払ってその辺の植え込みに寝てても大丈夫なんていうことはなくなるかもしれません。日本語や日本文化などの教育サポートも必要になってくるでしょう(日本語なんて強要したら、みんな英語圏に入ってしまう気もしますが)。

いろいろと問題はあるわけですけど、本当の大きな問題は日本人自身ですよ。生活習慣の違いからくる摩擦や治安の悪化などの問題に隠れて、より深刻な問題が少しずつ動き出してくるのです。

アメリカへの移民は17世紀から始まりました。イギリスやアイルランドから始まり、オランダ、ドイツと続き、イタリアやスラブ、ユダヤ系が続きました。彼らがいわゆるアメリカを創り、第2次大戦後、アジアやラテンアメリカから移民がどっと押し寄せました。アジア人の移民はとても優秀でした。彼らは恵まれた職業についていたとは言えませんが、とにかく子どもたちの教育には熱心でした。子どもをどうにか良い学校に入れて、所得と社会的ステータスの高い職業に就かせようとしたのです。アメリカでインド系の医者が多いのも、アジア系のエンジニアが多いのもこのおかげです。

子どもたちはとにかく真面目に勉強し(させられていたわけですが)、だいたいクラスではトップになる。アメリカではだいたいどこの学校にいってもトップはアジア系です。とにかく勉強するのです。日本の受験戦争とは背負っているものが比べものになりません。現在、白人のアメリカ人で大学院の学位を持っているのはだいたい9パーセント。アジア系アメリカ人は15パーセントです。アジア人のほうが多くの割合で大学院に進んでいるのです。

“アメリカ人”たちはどんどん移民に職場が奪われていきます。低賃金のいわゆる“3K”の仕事が移民にとられたと思ったら、職場の上司も移民の子になっていくわけです。おまけに、学校にいるころから勉強では彼らにはかなわない。

そうすると、「白人である」ということでしか自分のアイデンティティを保てない人たちがでてくる。所得も教育水準も低く、いわゆる“ホワイト・トラッシュ”や“レッド・ネック”と呼ばれる人たちです。かなり保守的で、差別的な人たちです。そして、彼らを上手く政治利用し、動員するためにジーザス・キャンプのようなものがアメリカの真ん中あたりの州で徹底的にやられるようになる(*ジーザス・キャンプについては文末を)。超保守化した彼らがバイブル・ベルトと呼ばれる地域でブッシュ当選の最大の支持者になっていったわけです。

移民の第1世代はなかなか難しいかもしれませんが、彼らの子どもたちはとにかく勉強します。もしも、日本が1000万人もの移民を受け入れたら、日本人の職はどんどん移民に奪われていきます。勉強しない日本人たちはどんどんクラスでも職場でも負けていく。気がつくと職場の上司は海外からの移民やその子どもたちです。学力は低下し、何をしてよいのか分からない若者が引きこもっている日本なわけですから、下地はばっちりあります。きっとあっという間です。それは経済としてはよいかもしれない。企業は優秀な人材を安く雇いたいわけですから。バカな日本人よりも賢い移民のほうを使いますよ。

一番の問題は、「日本人であること」でしかアイデンティティを保てない人たちがでてくることです。これは大変ですよ。職も不安定で、所得も学力も低く、希望もない。となりを見ると、移民の子どもたちがどんどんステータスの高い職に就いていく。となれば、当然、超保守化、国粋化し、排斥運動をする日本人が出てきます。本当にネオナチやジーザス・キャンプの世界です。クリスチャン・ヘビーメタルを聞いている人たちの日本版のできあがり。ハリーポッターまでもがデビルだとされ、進化論が教えられない世界ですよ。

移民の受容国ではどこでもこれは大きな問題であり、大きな議論がされています。オランダでも移民は全般的に受け入れるのではなく、高度なスキルを持つ人から優先させて、知識集約的な産業集積を創ろうとしています。それなのに日本は本当にこんなにも議論がなされなくてよいのという気がします。そもそも移民が来てくれるほど魅力的な国なのかという問題もありますが、いずれにしても移民の問題は、ガソリンの値段や接待タクシーなんてことよりもずっと大きなインパクトを、しかも長期的に日本に与えていく問題です。憲法改正や女帝問題と同じぐらい大きな問題だと思います。

僕は、移民の受け入れについては反対じゃない。もしも北朝鮮が移民を大量にだすような形で崩壊したら、それは受け入れざるを得ないし、長期的には優秀な移民にどんどん来てもらいたい。いろいろなバックグラウンドをもった人がいる社会のほうが楽しいと思う。

移民は社会の大きな活力にもなります。ロンドンのシティでは優秀な移民たちが多く活躍していますし、シリコンバレーではその多様性がイノベーションの源泉となってきたわけです。ただ、移民の受け入れにはいろいろなパターンがあるわけです。一挙に受け入れるのか、特定の職種に限って受け入れるのか。どんな国にしたら、どんな制度があったら、来てもらいたい人が日本に来てくれるのか、そして日本版“ホワイト・トラッシュ”が生まれてこないようにするにはどうしたら良いのかなど、考えることは山ほどあります。もっと議論を!


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