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「社会人基礎力」という言葉をご存知でしょうか。簡単にいえば「社会人として働くために必要最低限な能力」という意味で、経済産業省が研究・総括し、提唱しているものです。昨今、特に若年層の社会人基礎力が低下されていると言われています。その中で、私たち教育に携わる者はこれからどのようなことをしていけばいいのか、そのヒントはこの「社会人基礎力」にあるのではないかと思い、今回は「社会人基礎力」を提唱した経済産業省の研究会においてプロジェクトリーダーをされた、法政大学大学院の諏訪康雄教授にお話を伺いました。

●社会人基礎力とは、「これがないと困る」「どれもあって当然だ」というエッセンシャルな能力
最近、特に若者について、基礎学力に加えて、コミュニケーション能力や積極性、問題解決力等の能力が低下してきていると指摘されています。企業や社会が求めている水準に満たない学生が目立ち、多くの企業において、採用のミスマッチや、入社後の教育に頭を悩ませているのが現状です。
そのような状況を受けて、今後の我が国の経済を担う人材の育成・確保のためにも、社会人として活躍するために必要な能力を定義づけ、意識的な育成の対象として捉える必要があるのではないか、という観点から経済産業省によって提唱されたのが、「社会人基礎力」です。

産業界、教育界、学界などから有識者が集まり、何度も議論を重ね、「社会人基礎力」の定義や育成・評価、活用等のあり方について、考え方の整理を行いました。私はその社会人基礎力に関するプロジェクト(研究会)のまとめ役をさせていただきました。
研究会ではまず、「社会人基礎力」とは何かについて話し合うことから始めました。この議論がまず、とても興味深いものでした。
たとえば、あるグローバルに成功している企業の方は、「やはりこれからの社会人に必要なのは、英語はもちろんのこと、プラスαで母国語以外にも2カ国語は最低限使いこなせなければいけない。中国語などはこれから必須だろう」といった趣旨のことを言われました。御社にはそのような社員が一杯いるのですか?と聞くと「ほとんどいない」とのことでしたが(笑)。

その一方で、NPOや教育機関から来た方などは、「基礎学力すら低下しているのに、そんな高度な能力はとても望めない。あいさつすらまともにできない人も増えてきているのが現実だ。それよりももっと、本当に社会人として最低限必要な能力として定義してもらわないと困る」旨の主張でした。

基礎力なわけですから、エッセンシャル(基礎的で不可欠)なものでなければいけないでしょう。一部の優秀な人だけに求められる能力ではなく、企業や地域といった社会に出て仕事をしていくうえで、誰でもこれだけは最低限クリアしてもらわないと、本人も周囲も困ってしまうという性質の能力、それもエッセンシャルなことに議論を絞ろうということになりました。

何度も議論を繰り返した結果、すでにご存知の方も多いかと思いますが、12の要素からなる3つの能力を、「社会人基礎力」として定義付けることになりました。

分類 能力要素 内容

前に踏み出す力
(アクション)

主体性 物事に進んで取り組む力
働きかけ力 他人に働きかけ巻き込む力
実行力 目的を設定し確実に行動する力

考え抜く力
(シンキング)

課題発見力 現状を分析し目的や課題を明らかにする力
計画力 課題の解決に向けたプロセスを明らかにし準備する力
創造力 新しい価値を生み出す力

チームで働く力
(チームワーク)

発信力 自分の意見をわかりやすく伝える力
傾聴力 相手の意見を丁寧に聴く力
柔軟性 意見の違いや立場の違いを理解する力
情況把握力 自分と周囲の人々と物事との関係性を理解する力
規律性 社会のルールや人との約束を守る力
ストレス
コントロ-ル力
ストレスの発生源に対応する力

これら3つの力は、業種業態によってそのウェイトは多少異なりますが、どんな会社においても欠かせないものです。有力企業などにアンケートしたところ、すべての企業において、どの能力も必要であるとの回答が得られました。

つまり、「これがないと困る」あるいは「どれもあって当然だ」というエッセンシャルな能力ばかりなのです。しかし、実際にはこれらの能力のどこかが欠ける人が増えてきたために、採用や教育においてとても困ったことになっているのが、現在の日本なのでしょう。

●なぜ「あって当然」な能力が失われてしまったのか
では、なぜこのような状況が生まれてしまったのかといいますと、それはやはり環境によるものです。
昔の日本では、家族の存在感は、現代と比べて遥かに大きなものでした。大家族で周囲に親族も多く、伯父さんや叔母さん、イトコやハトコに囲まれて育てば、自ずと人間関係の機微にも通じざるをえませんでした。

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