数年前に出席したあるビジネス関係のセミナーで、講師が「宝くじだけは絶対買わないように」とアドバイスしてくれた。当たる確率はゼロに近く、全くの金の無駄遣いだというのは、経験済みだから言われるまでもない。

しかし、そうとは分かりながら、それでも宝くじを買うたくさんの人がいる。なんたって、一夜にして億万長者になれる可能性があるわけだから。つい先日も、ネブラスカ州のハム工場の従業員8人がお金を出し合って買った宝くじの一枚が大当たり、365,000,000ドル(約420億円)を手にしたというニュースがマスコミに流れていた。宝くじが当たる確率はともかく、誰かがそのラッキーナンバーを引き当てる可能性そのものは、目の前に存在しているわけだ。「ならば、俺にだってチャンスは。。。」ということになるのだろう。

可能性故に、人間は時として理屈に合わない行動をすることがある。確率云々ではなく、可能性が少しでもあればその可能性を追いかけようとする。運良く成功すればヒーローとして持ち上げられるが、失敗すれば馬鹿者扱いされる。「何であんな無茶苦茶なことをするのか。初めからわかっているのに・・・・・ 」と。
しかし、米国では少し事情が異なる。可能性を信じてやってきた移民が築いた国だからだろうか。他人の失敗を嘲笑したり批判したりすることはあまりないようだ。むしろ失敗をバネに再起する人を褒め称える傾向がある。そうした未来志向の風潮は、「とにかくやってみよう」というチャレンジ精神、「ダメだったら、またやり直せばいい」という楽観主義、それに失敗とやり直しを受け入れる寛容な社会を反映していると思う。"Where there is a will, there is a way (意志あるところに道あり) "で、やる気のある人にとっては自らの可能性を試しやすい環境だ。

だから、外国人にとっても米国は大きな魅力なのだと思う。9.11テロ事件以降、米国へは入りづらくなったとはいえ、米国への頭脳流出の流れは変わらないだろうし、米国の大学を目指す留学生もまだまだ多いだろう。米国での「高賃金」を夢見て命がけで密入国する出稼ぎ労働者も後を絶たない。週刊誌 "The Washington Post Magazine"には、風の便りに聞いた「一時間12ドルの仕事」を求めて、メキシコから夜のリオグランデを渡って蜜入国した33歳のニカラグア人の記事が載っていた。同誌によれば、米国には毎日、推定で8千人から1万人が密入国し、不法入国者の数は1100万人も上るらしい。

「可能性の国」米国は、どの社会階層の人々にも夢を与えてくれるのだ。しかし、その夢の実現がどんなに厳しいものかは、この国に一歩足を踏み入れないとなかなか実感できないかもしれない。「機会の平等」というのは建前に過ぎず、金で正義を買えるようなドロドロした社会で夢を実現するには、幾多の紆余曲折を乗り越えなければならないだろう。上記のニカラグア人にしても、「希望の国」には来たものの、不安定な日雇い労働の生活に明け暮れているらしい。一年のつもりの米国滞在が既に4ヶ月オーバーしてしまった。未だニカラグアの家族のところに帰れないのは、妻子への送金と米国での生活費でなかなか貯金がたまらないからだ。

米国の歴史は、夢を追いかけてやってきた人々の苦労話と自慢話で埋め尽くされているに違いない。そして、そうした一人一人の経験が積み重なって今日の米国社会の骨格を成しているだと思う。私の家に遊びに来た14歳のイタリア系の男の子は「尊敬する人物は、おじいちゃんだ」と教えてくれた。全く英語ができないのに、20歳でイタリアからやってきて、ケータリングやレストラン業でちゃんと身を立て家族を養ったからだという。
「アメリカ人は、カムバックが大好きな国民だ。」ワシントンのアイスホッケーチーム Washington Capitals のオーナーでAOLの副会長でもあるTed Leonsis氏が昨年、中学・高校のスポーツ選手の表彰式で述べた言葉だ。人生には山もあれば谷もある。その日表彰された優秀な若きスポーツマンたちも将来、谷を経験することが必ずあるだろう。そこでくじけてはいけないというメーセージだ。ギリシャからの移民を父に持ち、多くの可能性に挑戦してきたLeonsis氏のスピーチに、数十人の若者たちが耳を傾けていた。

Copyright by Atsushi Yuzawa 2006


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