三十六計逃げるに如かず

世間をうまくわたり、成功するためには、戦いに勝つことにこだわるよりも、争わないように勉めることが大切です。一見して負けて後退しているようにみえても最終の勝利を手に入れ、ひいては良好な人間関係を周囲に築くことになるのです。

  孫氏流にいえば「走為上」(走るを上とす)ということで、三十六の戦略のなかで逃げるということが最上であると述べているのです。私どもの日常生活のなかでも「負けるが勝ち」とか「逃げるが勝ち」などという格言をなにげなく使っています。つまり、敵と正面から戦ってこれを排除するためには、相当なエネルギーを使いますし、自分も傷つくことが多いのですが、逃げの一手で攻撃をかわし、力を温存し、最後に勝利をおさめるのがよいという生き方の知恵を言い表したものです。

 さて、中国流戦略の三十六計には次のようなものもあります。
 A)「空城の計」…だまし打ち、カムフラージのたぐい
 B)「借刀殺人」…自分の力でやらず、他人の力を使ったり、自壊作用を待つ。
 C)「遠交近攻」…地理的状況を利用する。
 D)「檎賊檎王」…敵の中心部分を突いて、一度に全滅させる。

 日本人の価値観では、「敵に後を見せる」とか、「敗退して逃げる」などは一つの罪悪であり、恥ずかしい行為であると受け取られています。戦争の際にも「捕となって捕らえられるより死を選ぶ」というような行為が望ましいと受け取られていたこともありました。

 反対に西欧の兵士のモラルとしては、名誉ある捕虜として生きのび、捕らえられるのは恥ではないと受け取られ、次の使命としてはいかにして脱走するかということを計画すると聞きました。この点、われわれは勝負にこだわりすぎ、また、死に対して潔しすぎたといえましょう。
 世渡りというような世俗的な観点からみた場合でも、「負けるが勝ち」というような気持ちになりにくいものです。メンツをたてることを優先して一時的な勝利を収めることに専念することになりがちのようです。
 大局的に最終的な勝利を収めることができるならば、一時はがまんして敗けることを甘んじて受け入れ、耐えることに心掛けるのも重要な戦略になり得るのです。

 先にあげた中国流の戦略を見ると、まず勝つためには手段さえ選ばないという点に気付きます。また「深慮遠謀」というように、あらゆる角度から最後の勝利を手に入れる方法を考えぬいたものも見られます。
 しかし、いろいろ策があっても、そのなかで三十六計中最後の一つ「走為上」が最高だと教えているのです。
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